第41話 永遠の子供
『島を出て、ネバーランドに向かう間、私はフィオレが誰なのか尋ねた。
悟さんは一瞬こわばった顔を見せたが、『永遠の子供』の遺伝子を持った子だと教えてくれた。
「永遠の子供?」
「五歳から十六歳ぐらいで成長が止まる。実験の過程で、そういう子が生まれることがあるんだ。ネバーランドではそういう子供たちを集めたり、意図的に作りだしたりして育てている」
「作りだす……どうしてですか?」
「需要があるからだろうね。親離れしない子を必要とする人もいる」
子離れできない親たち。
彼らが死んだら、残された子供はどうなるのだろう。
「親が事故や寿命でなくなると、不老不死の存在である子供たちは、またここへ戻ってくる。そしてまた、次の引き取り手が見つかるのを待つんだ」
死ぬことのできない子供たちは、親を亡くして傷つかないのだろうか。
いろいろな親の間をたらいまわしにされて生きていくことが、辛くはならないのだろうか。
「成長の止まった子供たちは、とても短い記憶力しか持たないんだ。過去の記憶は残らない。そうしてまた次の引き取り手の元へと連れていかれる」
「それって……すごく哀しいことのように思います」
「そうかな。いつまでも前の親を思って悲しみ続けるほうがよほど気の毒じゃないか」
「それはそうですが……」
ペットのような子供達。
死ぬことも、大切な人のことも覚えておくことのできない子供達。
「善悪の観念は、時代によって変わっていくものだ」
煮え切らない私に、悟さんは言い聞かせた。
「そうですね。たぶん……とても子供を欲しがっている人たちもいるのでしょうし……」
「僕にはとうてい理解できないけれどね。子供は苦手だ」
「悟さんは、こころの面倒をずっと見てあげてきたじゃないですか」
「あいつもなかなか成長しない子供だな」
悟さんは、かすかに苦笑いした。
ネバーランドは、外から見ると、堅固な城壁のようだった。
一つ目の門をくぐると、ガードマンに出迎えられ、いくつか質問を受けた。
それからしばらく別の部屋に通されて、待っているように命じられた。
「ずいぶん厳重なんですね」
私はお兄さんにささやいた。
「子供達を預かる施設だからね」
こころがここにいるのなら、きっと安全だろうと少しほっとする。
二つ目の門の内側には、おとぎの国が広がっていた。
青い空の下に、白とピンクの小さなお城が見える。
手前は一面の緑で、線路の上を、小型の赤い機関車がことことと走っている。
機関車の煙突から吐き出される煙は、アルファベットになって、空へふわふわ飛んでいく。
小さな機関車に乗って、私たちはお城に向かった。
ずいぶん遠くにあるように見えたが、ここはどうも遠近感がおかしな風で、あっという間に城のすぐ下までたどりついた。
こちらの門は、開け放たれたままになっていた。
門をくぐると内側は広場になっていて、噴水が虹色の水を噴きあげていた。
塔の裏側から、四、五歳ぐらいの女の子が駆けだしてきた。
「走っちゃダメだよ、ウィーウェ」
そう言いながら、後ろから追ってきたのは、こちらもせいぜいひとつかふたつ年上の女の子で、私たちを見ると、びっくりしたように立ち止まった。
「こんにちは。ちょっといいかな」
悟さんが声をかけたが、女の子達は返事をしなかった。
「少し話を聞かせてもらえる?」
悟さんはいつもと同じ、愛想のよい声で行ったが、一歩足を踏み出すと、二人とも怯えたように後ずさりした。
悟さんは、困惑したように私のほうを振り返る。
私は、ウィーウェと呼ばれた女の子が、首から紐で、きらきら光る折り鶴をぶら下げているのに気がついた。
「ペンダント、素敵だね」
私が自分の胸の辺りを叩きながら言うと、ウィーウェはちょっとはにかんだように笑った。
「アルスが作ってくれたの」
ウィーウェが後ろの年長の子の顔を振り仰いだ。
「すごいな、折り紙、上手なんだね」
「お姉さんもほしい?」
「ほしい、ほしい!」
私が手を叩くと、ウィーウェは近づいてきて、折り鶴を首から外し、私に手渡してくれた。
「えっ、いいの?」
「いいよ。アルスがまた作ってくれるもんね」
アルスがうなずいた。
アルスは、私をじっと見つめ、悟さんに目をやり、また私に目を戻した。
「お姉さん達、子供を探しに来たの?」
「ううん、友達を探しにきたの」
私が答えると、アルスは不思議そうに首を傾げた。
「友達って……お姉さんって、大人? 子供?」
真顔で聞かれて、私はおかしくなった。
あらためて聞かれると、自分でもどちらかよく分からなかった。
高校生というのは、大人と子供のちょうど境目のじきだ。
「時々大人だけど、時々子供かな」
「変なの」
ウィーウェが、ぷっと噴きだした。
「私と同い年ぐらいの友達が、ここに来なかったかな。色白で、とっても綺麗な女の子。髪の長さはこのぐらい」
私が背中の辺りを叩いてみせると、アルスがやってきたほうを指差した。
「マダムに聞いてみたら。向こうの奥にいるから」
「マダムっていうのは、大人の人?」
「うん。外の人はみんな、マダムに話をしにくるんだよ」
「どうもありがとう」
私がお礼を言って塔のほうに歩き出すと、
「ありがとう」
着いてきた悟さんが私に小声で礼を言った。
「小さい子は感情や何かが、混沌としていて、分かりづらい。どうも僕は子供に好かれるたちじゃないようだから」
「そんなことないですよ。アイスクリームを買ってあげた子達、すごく喜んでたじゃないですか」
「あの時は、物で釣ったからね。君は自然に子供に好かれるみたいだ」
「子供に好かれるっていうより……たぶん、私もまだ子供なんです」
私はつぶやいた。
「大人になるってどういうことなのか、まだよく分からなくて」
「こころに比べたら、君はしっかりしているよ」
「そうでしょうか。今回のことでも、ずっと悟さんの足を引っ張ってばかりだったから、少しは役に立ててうれしいです」
「少し? 君はこれまでどれだけ役に立ってきたか、気づいていないのかな」
私は意味が分からず、悟さんを見返した。
今に至るまでずっと、私には悟さんに迷惑をかけた記憶しかなかった。
「一緒に旅をしてみて、こころがなぜ君の友達になりたがったのかよく分かったよ」
私は戸惑ったが、悟さんは優しく微笑んでこう言っただけだった。
「君の生き方は、間違ってないよ。本人は、少し窮屈かもしれないけどね」
通路の先は広い庭になっていた。
鉄棒や登り棒、サッカーのゴールにバスケットのネットなどが点在していて、まるで野原と校庭が混ざり合ったようだった。
青々とした芝生の向こうで、十人ほどの子供たちがボール遊びをしていた。
誰かの投げたボールが、目標をそれて私たちの足元に転がってきた。
「すみませーん!」
男の子が叫んで、こっちに走り寄ってこようとした。
ボールを拾いあげた悟さんは、少し迷うようにしたが、ちょっと後ろに下がると、勢いをつけて、ボールを蹴りあげた。
私は目を見張った。
ボールは綺麗な弧を描いて、男の子の頭の上を通り抜けていった。
そしてずっと先のバスケットのネットに、すとんと見事に収まったのだ。
スポーツの得意なタイプには見えなかったのに。
軌跡を追っていた男の子も、あんぐりと口を開けた。
「すっげえ!」
たちまち、わっと歓声をあげて、子供たちが集まってきた。
「ねぇ、もう一度やって!」
「一緒に遊ぼう!」
「おじさん、子供を探しにきたの? 俺なんかどう? 一緒にバスケやろうよ」
「おじさんじゃなくて、お兄さんだよっ。お兄さん、私のほうがいいよ、私、ちゃんとお手伝いもできるよ」
人懐っこい子供たちに、悟さんはもみくちゃにされている。
「お姉ちゃんも一緒にやろうよ」
私の腕を引っ張る子もいる。
「待って、一緒に遊びたいけど、時間がないの。ねえ、マダムってどこにいる?」
ようやくのことで尋ねると、子供たちが口々に言った。
「やっぱり子供を探しに来たんだねえ。ね、誰を連れていったらいいか、マダムに相談に来たんでしょ?」
「今、お客さんが来てるから、マダムには会えないよ。三時のおやつまで待ってなさいって言われたもん」
「それまで一緒に遊ぼうよ。そしたら連れてってあげるから」
困った顔で振り返る悟さんに、私はおかしくなって笑い返した。
「いいんじゃないですか。三時まであと少しだし」
元気いっぱいに走り回る子供たちについていくのは大変だった。
私は相手を悟さんに任せて、ベンチで休むことにした。
子供は苦手だと言っていたわりに、大勢の子供達に囲まれている悟さんは、あんがい楽しそうだ。
ふと思った。
悟さんは、こんな風に遊んだことがないのじゃないか、と。
ゴールを決めて得意な顔をしたり、口惜しがったり。
けんかしたり、友達とはしゃいだり。そんな姿を想像できない。
政府の研究所で感情を持たない子供として生み出され、疎まれながら毎日義務だけをこなし、こころを連れて逃げ出して、子供でいる間を楽しむこともないままに、VOICEの大人に交じって幹部として働いて……
だったらせめて、一生に一度ぐらいは、思いきり遊んだっていいのじゃないか。
心を持っているうちに。
楽しいと感じていられるうちに。
日差しがぽかぽかと暖かい。空には綿雲が流れている。どちらも偽物だろうけれど、一昨日の出来事が信じられないぐらい、のどかな光景だ。
こころの残していった感情エネルギーは、あとどのぐらい持つのだろう。
そう考えると、目の奥がつんとなる。
今ここに、こころが現れてくれないだろうか。
今ならきっと分かり合えるのに。
どこにいるの? こころ……』
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