第29話 孤独の共鳴

『テントを出てから車へ向かうまでの間、お兄さんはしばらく考えにふけっているようだった。

 もう二度と迷子にするまいと思ったのか、お兄さんはずっと私の手を取ったままだったので、私は不安を感じながらも、小さな幸福に浸っていた。

 ひゅうっと音がして、花火が夜空に上っていくのが見えた。

 パパン、と、色とりどりの花が咲く。

 白い芯から藤色へと変化していくアサガオのような花火や、蛍のようにゆっくり明滅する金色の光。

 私が見たこともない色と形だったけれど、私の来た時代とこの時代が確かにつながっている証に思えた。

 車に乗りこむと、お兄さんはVOICEのメンバーと連絡を取ると言って、シートを倒して目を閉じた。眠っているのでない証拠に、時々うなずいたり首を振ったりしていたけれど、私には何を話し合っているのか分からない。

 私は花火のショーを見ながら、さっきのできごとを思い返していた。

 こころが残していった言葉の意味は、私には分からなかったけれど、こころがテラに何を頼んだのかは、なんとなく想像できた。

 テラは感応力者ではないけれど、人を見抜く力がある。そのテラが認める答えを返すには、理屈ではなく、歌を感じとる心が必要だ。

 こころは基地の外で、感情を持ったお兄さんと話をしたがっていた。

 テラの歌を聞いて、孤独、と、お兄さんは言った。

 それはお兄さんの中にあった孤独の反映だったのではないか。いつも一緒に過ごしてきたこころを失って。

 こころも今、同じように感じているのだろうか。

 私を探しに来て。そういったこころは今、どこにいるのだろう。安らぎを感じる場所に、温かい思い出のあるところに、たどりつくことができたのだろうか。

 花火は最後に夜空に無数の星を散らした後、ゆっくりと消えていった。

 それで祭りはおしまいのようだった。

 屋台の明かりも、少しずつ消えていった。

「待たせたね」

 お兄さんが目を開けて、私のほうを見た。

「こころの居場所、分かりましたか?」

 お兄さんは首を横に振った。

「テラの伝言について、本部のほうで調査している」

「そうですか……」

「こころがあの後、別の場所へ移動した形跡はない。しばらく待機するように言われた」

「ここで、ですか?」

「移動しようか。夕飯の時間だ」


 私たちが降りると、車は影のように薄っぺたくなって地面に溶けこみ、そこからは徒歩で移動した。実のところ、どこをどう移動したのか、私にはよく分からなかった。

 広場を歩いていたつもりが、いつの間にか通路を歩いており、気がつけばレストランのようなところに立っていた。

 私はあまり食欲がなくて、サンドイッチを頼んだのだけれど、なんとも不思議な歯ごたえだった。

 昼食べたのと同じ、精密に模倣されたイミテーションだ。パンのふちだけつまんでも、具がはがれずに全部くっついてくる。

 泊まったのは別々のユニットで、お兄さんは、何かあったらすぐに駆けつけると約束してくれたけれど、やはり心細かった。

 部屋の内装はいろいろなものから自分で選ぶことができた。

 私は、お城の一室から山小屋まで、あれこれ試してみたけれど落ち着かない。

 お兄さんにはそういうこともすべて予測済みだったようで、『四百年前の標準的な家』をリストの中に用意してくれていた。本当によく気のつく人だ。

 中は、ちょうど昔訪問したこころの家とそっくりだった。

 入ってすぐに階段があり、左手に窓のないリビングダイニングがある。

 二階には個室がふたつあった。

 こころとお兄さんはこんなところで暮らしていたのかと思うと、家に遊びに行ったみたいで少しうれしかった。

 私は、おそらくこころの部屋だったと思う、階段の正面の部屋のベッドにくるまった。

 そうして、こころが、この部屋でどんな風に過ごしていたのだろうと思いをめぐらしながら、眠りについた。』


 テラの歌詞を読む間、ナオミはずっと歌声を想像していた。

 それは、少し物悲しげで、力強い声だった。

だから、お兄さんの『孤独』という答えは、『絆』には意外だったようだけれど、ナオミには不思議ではなかった。

 同じ歌詞でも、受け止め方によって、違う風に聞こえるのかもしれない。

 この歌を書いた時、テラは孤独だった。ちょうど私の中にあった孤独が、それに共鳴した。

『お兄さん』もそうだったのだろう。生まれて初めて心を持ち、歌を聴いて、自分が孤独だったことに気がついた。

 基地の人々は、自分たちを道具としてしか見ていない。守り続けてきたはずの妹は、自分の元から逃げだし、行方も分からない。そういうことに、初めて気がいたのじゃないか。

『絆』は違った。どうして?

『絆』には『こころ』がいるからだ。離れていても、信じあえる友達がいるからだ。

 一人でいる時が孤独なのじゃない。

 誰かが近くにいて、分かり合えないのは、もっと孤独だ。

 霧島はそう思ったから、友達はいないほうがいいと言ったのかもしれない。

 私にも、こころみたいな友達に巡り合える可能性はあるんだろうか。

 どうやったらそんな友達ができるんだろう。

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