第27話 友達がいなくてよかった

 ドアの開く音がして、ナオミは顔をあげた。

 霧島が部屋へ入ってきたところだった。

 ナオミはノートを閉じ、会釈した。

 それから急いで言った。

「この間はありがとう」

「へえ、殊勝なところもあるんだ」

 霧島はにやりと笑った。

「何それ、ひどい」

「いや、水城がお礼言うの、初めて聞いたからさ」

 そうだったろうか。

 霧島はそのまま間仕切りの向こうへ行こうとしたが、ふと足を止めた。

「いつもここで弁当食ってんの?」

「悪い?」

「ほら、そうやってすぐつっかかる」

「悪かったですね、殊勝じゃない女で」

 口をへの字にまげ、霧島に苦笑いされた。

「霧島さんは、ここへ何しに来てるの?」

「休憩」

「まさか、保健室代わりに使ってるわけ?」

「そんなとこかな」

 霧島さんにとっても、教室はやっぱり居心地が悪いのかなとナオミは思った。

 ここは場所を譲り渡そうか。

 ナオミは腰を浮かせた。

「私、出て行ったほうがいいかな」

「どっちでもいいけど」

 霧島は間仕切りの向こうへ姿を消す。

 今さらノートの続きを読む気にもならいし、霧島に言われたことも気になった。

 そうやってすぐつっかかる。水城がお礼言うの、初めて聞いたからさ……

 ナオミは半分独り言のようにつぶやいた。

「私って、かわいげがないのかなぁ」

 しばらく間があった。

 もう返事はないだろうと思ったころ、向こうから声がした。

「なんでそう思うわけ」

「だって、そんな感じのこと言わなかった?」

 またしばらく静かになった。

 きっと肯定の意味なんだろうな。

 そう思いながら、ナオミはなんとなく、机の上の木目模様を見つめていた。

 自分のことってよく分からない。私は強く見えるんだろうか。かわいげがないんだろうか。

 サルースさんの言ったとおりだ。

 心って怖い。

 みんなが自分をどう見ているのか、分からなくて怖い。

 みんなのことが分からなくて怖い。

 みんなが私を分かってくれないのが怖い。

「ネットでさ」

 ナオミはつぶやいた。

「友達のいないやつって、生きてて楽しいのかなって書いてあったけど」

 ああ、ついに言ってしまった。

 小さく深呼吸する。

「余計なお世話だよね」

 何気なく言ったつもりだったけれど、最後のほうは、少し声が震えたような気がした。

 本当はこう聞きたかったのだ。

 霧島さんは、友達がいなくてさびしくない?

 古瀬先生の言うとおり、思っていることを直接言えないこともある。

 ナオミはしばらく反応を待った。

 賛同してくれるのか、反論があるのか、無視されるのか。

 返ってきたのは、思いがけない言葉だった。

「俺は、友達は作らないほうがいいんだ」

 ナオミは耳を疑った。

 霧島は、続けて言った。

「本当言うと、今のクラスに、友達がいなくてよかったと思ってんだ」


 午後の授業の間、霧島の言葉が耳から離れなかった。

 友達がいなくてよかった……

 霧島がどんな気持ちであんなことを言ったのか、ナオミにはとても想像ができなかった。

 ひょっとしたら、友達になれるかも。そんな淡い期待を抱いていただけに、なおさらショックだった。

 よっぽど辛い目にあったことがあるのだろうか。一生一人ぼっちで生きていくつもりなんだろうか?

 私は違う。分かってくれる人が欲しいと思う。

 物語に出てきた、テラの歌が耳に聞こえてきた気がした。


  あなたは その時 分かってくれる

  愚かなことでも そう これが 私の生き方


 きっとテラは、想像を絶するような孤独に耐えてきたんだろう。


  全てを捨てた私は 今 私に帰る


 その代わりにテラは手に入れたのだ。本当の自分を。

 私は代わりになるような何かを見つけることができるのだろうか。

 今の孤独に耐えられるような、この先の人生を賭けられるような何かに、出会えるのだろうか。

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