第13話 プロジェクトF
『「ここはVOICEの基地なの?」
こころはうなずいた。
「ひどい。だって、VOICEは研究所から逃げ出してきた感応力者たちが作った組織なんでしょう。それなら、こころと同じ身の上じゃない。こんな風に仲間を閉じ込めるなんて……」
「仕方ないわ。私はタイプAだから」
「タイプAって?」
タイプAとかタイプEとかいう言い回しを、過去にも聞いた気がするが、なんのことだかよく分からなかった。
「私が『タイプA』で、特別な能力を使える可能性があるから。政府が私たちを追い続けたのも、VOICEが私たちを助けてくれたのもそのためだったの」
「政府の研究所で生みだされた感応力者(リスナー)は、感応力の強さや、感受性の強さによって、タイプAからタイプFまでに分類されているの。
タイプ・コモン(標準型)と呼ばれるタイプCがもっとも標準的な型。タイプBはそれよりも感応力の強くて、タイプAはもっとも高い感応力と高い感受性を持ち、何十人、何百人という人の感情を感知することができる」
「たしかこころのお兄さんは……」
「あの人はタイプFよ」
こころの声に、わずかに嫌悪感が感じ取れた。
こころとお兄さんの距離が少しだけ縮まったと思っていたのに、また壁ができてしまったのだろうか。
「一番感応力が弱いということ?」
「DからFの感応力は、タイプCと同じくらいよ。ただ、自分自身の感情にブレがある。タイプDは自分の情緒が不安定で、人の心を読み取り損ねることがある。Eは感情が浅いし、タイプFになれば……」
こころはそこで言葉を打ち切ったが、私は心のお兄さんから聞いたことがあった。
自分はレイモンド症候群と呼ばれる、人の心が読めるのに、心を持たない感応力者だと。
レイモンド症候群の感応力者には、高い知性を持つものが多い一方で、恐怖心も罪悪感も持たないために、犯罪者になる者もいるという。心を持たない人間の考えは、感応力者にも読めないため、政府の管理できない厄介な存在となる。
そう話したお兄さんは、卑下しているわけでも、皮肉っぽくもなかった。
お兄さんはただ静かに、淡々と自分の出生の秘密を打ち明けてくれた。それを聞いて、少し哀しくなったのは、私のほうだ。
「相変わらず優しいのね、絆は」
私の気持ちを読み取ったのだろう。こころがわずかにほほ笑んだ。
「そう、初めてタイプFを生み出したのはレイモンド博士。そして兄さんは厄介者のタイプF。疎まれても憎まれても、愛されても、決して動じることはない」
「お兄さんは今どこにいるの?」
「さあ……VOICEの幹部と会議でもしているのじゃないかしら。VOICEの幹部たちは兄さんをすっかり抱きこんだつもりでいるし、本人もきっとそのつもりだわ」
「まさかそんな……」
こころとお兄さんは相性が悪かったけれど、それでも私のいる時代に来たこころをずっと守ってきたのはお兄さんだ。
きっとこころを助けてくれるはずだと思っていたのに、
「あの人は……理屈しか分からないもの。私の気持ちなんて」
「ねえ、こころはどうしてこんなところに閉じ込められているの?」
「私は……」
こころが頭痛でもするように顔をしかめて、こめかみを押さえた。
「施術を受けたの」
「施術? 施術って……」
中学生の頃、私も鈴木さんという人に施術を受けたことがある。
それで私も一時だけ、人の心が分かるようになった。
「だけど、こころは一番力の強いタイプAなんでしょう。施術を受ける必要なんて……」
「理論的には、もっともっと感応力を高めれば、感情エネルギーが飽和して、人の感情を受けとるのでなく、逆に周りに対して感情を与えるようになるそうなの。
研究所がタイプAを生みだそうと努力を続けてきたのは、感応力が強いからだけではなく、力を極限まで高めると<逆流>を起こすため」
「それってつまり」
「私を使って、周りの人を混乱させたり、恐怖を植えつけて洗脳させたりすることができるって」
私は身震いした。
「心を読みとることができる感応力者たちは、そばにいるだけでも、私の影響を受けてしまうかもしれない。だからこうして皆から離れたところにいるの」
「そんな……ひどい!」
「でもそれも仕方がないのかもしれない。力が強まりすぎていて、いつ逆流を起こすか分からないから……こうして離れていても、みんなの感情が流れこんでくるみたいなの。苦しくて寝つけなくなったり、涙が止まらなくなったり。怖くてたまらない……なんだか、パンクしてしまいそう」
格子越しに触れていたこころの指が離れて、胸のペンダントに触れた。
青白い光が、薄暗い牢獄の中で、力強い輝きを放っている。
「もうこんなに溜まってる。ここは……この基地は、ひどい不安だらけだから。政府のスパイが潜りこんでいるという噂があって、みんなが疑心暗鬼になってるの。でもそれだけじゃなさそう。絆はやっぱり、感情エネルギーを一緒に連れてきたのね」
「どういうこと?」
「絆、ここへ来るときに何か感じなかった?」
私は地下室を下りていった時のことを思い出した。
「タイムリープ装置が作動したときに、感情のさざなみみたいなものを感じた気がしたけれど……」
「きっとそれだわ。たぶん、あの学校に残されていた……」
こころは言いかけ、言葉を切った。
それから、せっぱつまった調子でささやいた。
「人が来る」
こころが再び格子の向こうから手を伸ばしてきて、私の左手のリングに触れた。
「お願い、このリングを貸して」
私は戸惑った。
お兄さんのくれたこの指輪のことを、こころはなぜだか嫌っていた。犬につける首輪のようなものだと言っていた。
なぜ今になってこの指輪を返してほしいというのか。
こころは言いにくそうに口にした。
「それがあれば、ここから逃げられるの。これ以上ここにいては駄目。兄さんも私も、いいようにみんなの道具にされてしまう」
こころの思いつめたような瞳は、今まで見たことのないような激しさを持っていた。
このままこんな牢獄に閉じ込めておいたら、こころはほどなく壊れてしまうのではないか、と、私は怖くなった。
私は思いきって指輪を抜き取り、こころに手渡した。
「ありがとう、絆」
こころは、祈るように指輪を押しいただいた。
それから指輪を薬指にはめ、代わりに首にぶら下げていたあの青いペンダントを、私に手渡した。
「兄さんに、これを。あの人に必要なものだから」
言っていることが分からず、私はこころの顔を見返した。
こころの白い顔は、光り始めた指輪のまばゆい輝きに照らされていた。
「兄さんに伝えて。プロジェクトFを始めてって」
「プロジェクトF……?」
ゆらり、と、陽炎のようなものが、こころを包んだ。
こころの姿が遠ざかっていく。
大きさは変わらないのに、まるでこころだけが縮んでいくように感じる。
待って!
どこへ行くの?
「お願い、絆。私を探しに来て。兄さんと一緒に……!」
声がどこか遠くから聞こえた、と思ったとたん、松明の明かりがかき消えた。
私はまた、闇の中に、取り残された。
手の中のペンダントが青い光を放っている以外、何ひとつ見えなかった。
ペンダントを片手に、這いつくばって進んでみたが、鉄格子にさえたどりつかない。
私は身震いした。
いったい何が起きたのだろう。
物音すらしない暗闇の中、自分の心臓の音だけが小さく聞こえていた。』
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