第12話 こころとの再会
月曜日の昼休み、史学準備室に向かったナオミは、霧島がドアの前にいるのに気がついた。
何食わぬふりをして通り過ぎようとすると、霧島が振り向いた。
「何か用?」
「中に忘れ物をして」
とっさに言うと、霧島は、へぇ、と言い、ドアの上の桟へ手を伸ばした。
手にしたカギでドアをガチャガチャと開け、またひょいと上へ戻すのを、ナオミは目を丸くして見ていた。
「カギの隠し場所、前に双葉先生から教えてもらったんだ」
霧島は言い、慣れた様子で部屋の中に入る。
背の高い霧島ならいいが、双葉先生では、つま先立ちしないと届きそうにない。まるで、霧島のために置いてあるみたいだ。
後について中に入ると、霧島がふり返った。
「で、どこに忘れたの?」
「ええと、どこだったかな……」
言い淀んでいると、霧島は肩をすくめ、右手の間仕切りの向こうへ行ってしまった。
ナオミは、後についていってみた。
応接セットがあり、両サイドにガラス張りのキャビネットがあった。
キャビネットの中は、雑多なものでいっぱいだった。
ハードカバーの書籍や紐で閉じた書類辺りは良かったが、鷹の剥製、かつら、染みだらけの布などは、どうにも学校に不似合だ。
どこか不気味な日本人形や、鎧の切れ端みたいなものまである。
それどころか、頭蓋骨が飾られているのに気づいて、ナオミは凍りついた。
歴史に関わるものだろうか。それにしたって、どうにもコレクションしているものがめちゃくちゃだ。
双葉先生には似つかわしくないもののように思えたけれど、超心理研究部にいたというだけあって、オカルト趣味でもあるのだろうか。
「これ、双葉先生の研究用……?」
「さぁ、たぶんね」
霧島は、意に介した様子もなく、ソファに腰を下ろす。
霧島が双葉先生とつきあっているって本当だろうか。
まさか、と思うけれど、ソファの上で、あんな無防備な格好で眠っていた霧島を思いだすと、絶対に違うとは言いきれない。
「霧島さん、双葉先生と仲がいいの?」
「なんで?」
「カギの場所を知ってたし。それに、つきあってるって噂を聞いたから」
霧島は、にやっと笑って、
「へぇ」
と言った。
「誰がそんな話してるの?」
「……知らない」
あの裏ブログのことを言おうかと思ったが、やめた。
読んだら嫌な気がするかもしれないし、自分の恥をさらすだけだ。
「私、ちょっと、向こうも探してくるね」
ナオミはそそくさと間仕切りの向こうへ戻った。
ノートを引き出しにしまおうとしたが、そこでふと思いとどまった。
机の上へ弁当を広げる。
隣に英語の教科書とノートを広げ、その下に、先生のノートを滑りこませた。
それからちらちらと、話の続きを読み始めた。
『光の消えた後は、真っ暗で何も見えなくなった。
首を回し、手を伸ばしてみた。
大丈夫、手足の感覚は戻ってきている。だが、周囲を探ってみたが、壁らしいものが手に当たらない。
どちらへ進んだらいいのだろうと途方に暮れていると、
「きずな」
ふいに懐かしい声がどこからか聞こえ、私はハッとした。
前方に、火が灯った。
ゆらめく赤い炎に照らされて、浮かびあがってきたのは、黒々とした鉄格子の影。それに石でできた床。
目の前にあるのは、そう、牢獄だった。
白いワンピースを着た少女が、地べたに座り込んでいる。
薄暗い中で、顔はよく見えない。白い肌と白いワンピースだけが、ぼんやりと浮き上がるように見える。
「こころ……?」
おそるおそる近づき、かがみこんで、手を伸ばした。
こころも、格子の向こうから手を伸ばしてきた。
細い指と指をからめると、鉄の冷たい感触に向こうに、こころの滑らかで温かい指の手触りを確かに感じた。
本物のこころだ。
もともとほっそりしていたこころが、前より痩せたように見える。
美しかった黒髪は、しばらく梳かしていないのかぼさぼさになっていた。
赤い唇が、ひびわれている。
「来てくれたのね……絆……」
こころが弱弱しく微笑んだ。
「こんなに大勢連れて」
私は眉をひそめた。
こころは混乱しているのだろうか。
「こころ、大丈夫? 私は一人だよ」
こころは頭痛でもするかのように、こめかみを抑えた。
「ごめんなさい。施術のせいで……大勢の感情が、一時に流れこんできて……」
「施術って……何があったの? ここはどこ? 閉じこめられているの?」
中学のころより大人びた体つきになったようだが、こころは、相変わらず驚くほど美しかった。
まつげの長い、切れ長の瞳。赤い、きれいな形の唇。
ただ、その唇は痛々しくひび割れ、疲れ切った暗い表情をしていた。
ワンピースはしわくちゃで、胸に青く輝くペンダントをつけているのが、唯一の飾りらしい飾りだ。
「こころ……どうして、こんな……」
まさか、こんな形で再会するとは思ってもいなかった。
こころは超然として美しく、誰にも傷つけられない女の子だった。
いや、それは今でも変わりない。
やつれてはいたが、それでもこころは、はっとするほど美しかった。
化粧してはもったいないような透き通るような肌、長いまつげに縁取られた瞳、なだらかな肩。
体つきは、中学生だった以前よりも女らしさを増しているようだ。
きちんとした格好をして町を歩けば、通る人々はみな振り返ったに違いない。
そうやって、光の下で、みんなの憧れの視線を浴びているはずのこころが、暗く湿った牢獄にいる。』
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