第6話 どこにもつながらない階段
昼休みになって、校門の桜の木を見るか、ノートの続きを読むか、さんざん迷ってから、ナオミは史学準備室へ向かった。
お弁当のつつみをテーブルの上に広げる。
こぼさないように気をつけながら、ナオミはノートを開いた。
『金曜の『お泊り』は、校内で行われた。
先輩たちは、どこからか寝袋を引っ張りだしてきて、部室に積みあげていた。
私は父からデジタルカメラを借りてきたが、さくらは忘れてきたとかで、携帯のカメラで代用すると話していた。
吉村部長は、大きな一眼レフと三脚まで用意してきた。
コンビニ弁当で夕飯を済ませた後、部長は、黒板に校内の見取り図を貼りつけて説明した。
「それじゃあ、初めに、七不思議についておさらいしよう。七不思議と言っているけど、七つじゃないのは知っての通りだ。この学校で起きる不思議は、おおまかにいって、三種類ぐらいに分類される。一つ目は、生徒が増えたり減ったりする座敷童的なもの。たとえば、入学式と卒業式の写真を比べると、生徒の数が一人減っていて、その生徒について、誰も知らない、とか。東棟から西棟へ続く渡り廊下の先で、前を歩いていた生徒の姿が消えてしまう、ということもある。同じ生徒が四年も五年もいたなんて話も聞く」
「それ、吉村さんのことじゃないですかぁ」
キリちゃんが茶々を入れると、花森先輩が合いの手を入れた。
「留年決定」
吉村部長は咳払いした。
「うるさい、花森。次行くぞ。ふたつめは、ここだけに起きる超常現象だ。誰もいないはずの夜の校舎で、大きな物音が聞こえたり、奇妙な揺れを感じたり。理科室のビーカーが落ちて割れたのに、地震の報道がなかったなんて話もあったらしい。一年に一晩だけ真っ赤に染まると言われる中庭のバラとか、写真に写りこむ人魂みたいな光も、これに含まれるかもしれない」
「図鑑に載ってない、十本足の蜘蛛もね」
花森先輩が補足した。
「みっつめは、この建物自体の謎。どこにもつながっていない階段や、行き止まりの廊下、不自然な空き地なんていうのがいくつもある。今回の合宿で、見つけたらこの地図に追加してほしい」
「それがどうして七不思議なのか、私はやっぱり腑に落ちないんだけどなぁ」
花森先輩がつぶやく。
「だから、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスの話を去年もしたじゃないか」
吉村部長は、私たちの方を向いて、解説してくれた。
「サラ・ウィンチェスターという夫人の建てた奇妙な屋敷でね。娘と夫をなくした夫人は、霊媒師に不運の起きるわけを占ってもらった。霊媒師は、サラの夫が銃の事業で財をなしたため、銃で亡くなった人々の霊が呪っていると言い、家を建て続けるようにアドバイスした。建築を続ける限り、生きながらえることができるとね。その言葉を信じた夫人は、三十八年に渡って屋敷を建築し続けた。悪霊を惑わせるように、奇妙な仕掛けを施しながら。開けると壁になっているドア、逆さになった柱、途中で終ってしまう階段」
「だけど、この学校を建てるとき、わざわざ亡霊を迷わせるためにこんな作りにしたわけじゃないでしょ」
「無計画か、予算不足かってとこですかねぇ」
桐野先輩が、飴玉を口の中で転がしながら言う。
「分からないよ。亡霊のたたりを恐れた設計者がいたのかもしれない。風水的な計画があったのかも。それに、途中で終ってしまう通路や階段は、霊界につながっているって話もある」
吉村部長はそれから、見取り図のコピーを配って、校内を自由に探険するように言った。
「どこでも好きなところに行っていいよ。ただし、この敷地から出ないこと。必ず二人一組で行動すること。不審者なり、おかしなことに遭遇したら、携帯で他の部員に連絡を取ること。いいね」
私はもちろん、さくらと一緒に回ることにした。どのみち、新入生は二人しかいなかった。
「どこに行く?」
さくらが見取り図の上で特別校舎を指した。
「ここの階段、南側は一階で終わりだけど、北側は地下へ続いてたよね」
「くわしいね」
「いつか探険したいと思ってたんだ。下に何があるんだろうって」
人気のない校舎で、地下室に降りてみるのは少し恐かったが、さくらと二人でならなんとかなるだろう。
北側の階段を下りると、部長の言っていたとおり、一階からさらに下る通路があった。
立ち入り禁止と書いた柵でふさがれている。
なんとなく不安になった。
「ここ、降りちゃいけないんじゃないの?」
「大丈夫だよ。せっかく来てみたんだし」
さくらは柵を抜けて降りていってしまった。しかたなく私も後に続いた。
階段を半分降り、踊り場までやってくると、その先は急に暗くなっていた。
「懐中電灯かなにか、持ってきたほうがいいんじゃない?」
その時だ。
さわさわ、ざわざわと、妙な感覚が押し寄せてきたのは。
不安がさざなみのように、寄せては返す。
それも、私が不安に感じている、というのでなく、まるで誰かの感情が直接流れこんでくるような……
ずいぶん前に同じ感覚を経験したのを思いだした。
あれは確か、こころと一緒にアイスクリームを食べていた時だった。不思議な施設に連れていかれ、施術を受けて、人の心を、感情を、感じとれるようになった時。
無意識にブレザーのポケットに手を入れると、こころのお兄さんにもらった、あのお守りの指輪が指に触れた。
かすかに熱を帯びて、暖かくなっているように感じた。
手探りで指輪をとりだしてみると、ぼんやりと光り輝いている。
私が恐怖を感じるときにこの指輪は光るのだ。何かあればきっと助けに来ると、お兄さんは約束してくれた。
指にはめようとしたとき、暗闇の奥で、物音がしたように思った。
ゴウン、という、大きなうなりのような。
まるで校舎全体が鳴動しているような。
指輪が強く光り輝き、持っていられないくらいに熱くなった。
私は思わず悲鳴をあげて、指輪をとり落とした。
それから、別の意味で、もう一度悲鳴をあげた。
こころと私をつなぐたったひとつの絆。もう二度となくさないと誓ったのに……
あわててかがみこんで探そうとしたとき、もうひとつの悲鳴が聞こえ、何かが私にどしんとぶつかってきた。
さくらだった。
私たちは、踊り場の上へ、重なり合って転がった。
体中が痛くて、しばらく動けなかった。
さくらは肩で息をしていた。
「ごめん……絆……びっくりしちゃって……」
さくらの声はすごく弱弱しかった。
「足をつかまれたの……」
「えっ?」
「誰かの手が、私の足を……」
ぞっとして、私は地下の暗闇を見つめた。
あの暗闇の中に誰かいるのだろうか。あんな暗闇で何をしているんだろう?
階段の上から声がした。
「大丈夫?」
吉村部長だった。
いつもどこかとぼけた感じに聞こえる部長の声に、救われる思いがした。
私とさくらは、われ先に階段をのぼった。
「すごい悲鳴が聞こえたもんだから。幽霊でも見たの?」
「誰かに足をつかまれたんです」
さくらが言った。
「下に誰かいるの?」
部長もさすがに緊張した表情を見せ、繰り返した。
「本当に、この下に人がいたんだね?」
さくらはうつむいた。
「分かりません。本当は、何かにひっかかっただけかも」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、かな。双葉さんも何かに触られたの?」
「私は、指輪を落としてしまって」
「指輪?」
「先輩、懐中電灯、ありますか……?」
吉村部長は、おかしげに頬を緩めた。
「一年生ってのはかわいいなぁ。そこにスイッチがあるの、知らなかったんだ」
言いながら、階段脇に手を伸ばすと、踊り場にぱっと明かりが灯った。
白い蛍光灯に照らしだされた階段は、さっきほどおどろおどろしく感じなかった。
『立ち入り禁止』の柵を避け、踊り場を回りこんだところで、私は立ちすくんだ。
踊り場の先からわずか四段ほどで、階段は壁に突き当たっていた。
念のため、下まで行って壁に触れてみた。
壁は固いコンクリートだ。
「おかしいです。ここ……」
さくらが震え声で言った。
「さっきは確かに、十段以上降りたのに」
「本当に?」
「はい。そこで確か、足をつかまれて」
「変だな。ここには何度か来たことがあるけど、階段は四段しかないんだ。予算のためか、亡霊を惑わすためか、分からないけど」
それからどれだけ探しても、指輪は見つからなかった。
吉村先輩は、手にしていた一眼レフカメラで行き止まりの写真を撮った。
「何か写っていたら面白いんだけどね。さて、戻ろうか。花森さんを音楽室に残してきた。しばらく四人で回ろう」』
ナオミは息をついた。
恐怖を感じると光る指輪?
特別校舎の北階段で起きた怪事件?
やっぱりこれは創作小説だろう。――双葉先生は、きっと作家志望か何かで、それでいつもあんなに、ぼんやりしているんだ。
そうは思っても、やっぱり続きが気になってしかたなかった。
自分の学校を舞台にした物語など、読んだことがない。
それに、もし、万にひとつ、本当のことだったら。
双葉先生は、人の心の声を聞いたことがある、ということになる。
そして、この学校には、いくつもの不思議が隠されている……
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