第5話 超心理研究部
『残念ながら、さくらは別のクラスの子だった。
一学期が始まって少しすると、私は無力感に襲われ始めた。
都内有数の進学校でもある如月高校には、いわゆる優等生が多かった。みんな授業中は黙ってノートをとる。言葉使いもきちんとしているし、男子生徒も、女子生徒をからかったりしない。
とくに、私のクラスはそんな傾向が強かった。
先生の言うことをよく聞くし、目立ったいじめもない。
反面、生徒の間に、なんとなく距離感があった。
私にも友達ができたけれど、結びつきはゆるやかだった。食事をして、授業の情報を交換する仲間、といった風。
塾で一緒だったという二人の友達は、てっきり同じ部活を選ぶのかと思ったら、Mは英語研究会に、Hは茶道部に入るという。それぞれ将来を考えてのことだ。
私はただ一人、取り残された気がしていた。
前の年まで、私には、この高校に入るという目標があった。ところが、目標を達成した途端、私はよりどころをなくしてしまった。
なんのために如月高校に来たのかも、分からなくなっていた。
いい大学に入りたいから来たわけではない。この学校で学びたいことや、入りたい部活があったわけでもない。
まだ大人になりたくなかったし、大人になるというのがどういうことなのかも分かっていなかった。
私は日々、場違いな場所に来てしまったような、居心地の悪さを感じていた。
部活の勧誘会の日、入りたい部活も決められず一人でふらふらしている私に、さくらが声をかけてきた。
さくらは、一度会ったきりの私のことを覚えていてくれた。
「記憶力、悪くないじゃない」
そう言うと、
「明日あたり、雪が降るかも」
と、さくらは首をすくめて笑った。
救われた気持ちで、二人して文科系の活動を展示した各教室を見て回っていると、上級生に呼び止められた。
「君たち、ちょっと見ていかない?」
メガネをかけ、ひょろっとした、いかにも文科系らしい男の先輩だった。
『超心理研究部』と書かれた幟を見て、正直、私は腰がひけた。なんだかあまりにもオカルトめいていたし、超常現象にも興味がない。
教室の窓には暗幕がひかれ、中の様子は見えないようになっていた。
「だいじょうぶ、辛気臭いクラブじゃないんだよ。今、占いをやってるから、よかったら覗いていってよ」
勧誘に苦戦していたのだろう、上級生は、懸命に誘ってくる。
どうやって断ろうかと考えながらも、ついついビラを受けとってしまった私は、そこに書かれた文字に目を吸い寄せられた。
テレパシー。
こころの面影が頭をよぎる。懐かしさで息がつまりそうになった。
こころに会う前ならば、笑って見過ごしただろうその言葉は、私にとっては忘れがたい思い出と結びついていた。
こころは、私の親友は、人の心を感じとる――望まずとも感じとってしまう特別な力を持っていたから。
パンフレットにじっと見入っている私を見て勇気を得たのか、上級生は言葉を続けた。
「バカバカしい、という人もいるけどね、この学校では、本当にいろいろと不思議なことが起きるんだ」
「不思議なこと?」
「そう。中に僕の撮った写真があるから、見ていきなよ」
さくらと私は誘われるまま、上級生について教室へ入った。
そこは、視聴覚室になっていた。
それぞれの机にヘッドセットがあり、正面の天井からはプロジェクタ用のスクリーンが引き下ろせるようになっている。
両側には大きなスピーカーもあり、超常現象と最新機器の組み合わせが、どこか滑稽に見えた。
視聴覚室には五人ほどの部員がいて、思い思いの格好で、好きなことをしていた。
ヘッドセットをつけ、目を閉じて音楽か何かを聴いている部員、雑誌の『ムー』を覗きこんでいる二人組、向き合って、『こっくりさん』をやっている部員。
私たちを呼び止めた上級生――部長の吉村さん――によると、活動の内容は各自の自由で、水曜の放課後にここへ来て、それぞれ好きなことを研究すればいいのだという。
吉村部長は、私にアルバムを見せてくれた。
「僕は、この学校に起きる七不思議について研究してる」
「七不思議?」
「そう。実は、七つじゃないんだけどね。不思議な言い伝えがたくさん残されてる。昔、ここには病院があったらしい。戦争で焼け野原になったこの土地を見たとき、初代校長は、どうしてもここに学校を立てなければならないと感じたそうだ。ここは特別な場所なんだと思う」
アルバムには、古びた冊子の切り抜きや昔の新聞のコピーがいくつも貼りつけられていた。
部長が撮ったらしい写真もあった。
正直言って、あまり上手な写真とは思えなかった。そもそも何を撮ったのかよく分からない。誰もいない校内の廊下だとか、ほとんど真っ黒な写真だとか、ところどころ白飛びしている中庭の写真だとかが大半だ。
「ピンぼけに見えるけどね、ここの校内で写真を撮ると、よく不思議な光が映るんだ」
吉村部長は、言い訳するように説明した。
「これ、心霊写真なんですか?」
「霊なのかどうか分からないけど、目には見えないエネルギーとか何か、そんなものが映っているのかもしれない。ほら、パワースポットみたいなものなんだよ、ここは」
部長は別のページを開いた。
「こんなものもいるし」
さくらと私は、そろって息を飲んだ。
そこには、あの蜘蛛の巣の写真があったのだ。
見れば見るほど、人間の顔に似ていた。
「この学校には、十本足の蜘蛛が巣を張ってる。図鑑で調べたけど、こんな蜘蛛は見たことがない」
次のページにも、その次のページにも、蜘蛛の巣の写真が並んでいた。
見ているといろいろな人の顔に見えてくる。
大人の顔、子供の顔、老人の顔。
「なんなんですか、これは」
「分からない。ただの偶然なのか、誰かの顔なのか。僕は、昔、この土地で死んだ人の顔かもしれないと思ってる」
「生きてる人の顔ですよぉ。顔を描かれると、近いうちに、死期が訪れるって噂があるんですぅ」
奥にいた、色の白い女の子がふりかえって、にっと笑った。
「キリちゃん、そうやって新入生を怖がらせるの、やめなさいよ」
向かいで一緒に雑誌の『ムー』を覗きこんでいた女の先輩がたしなめた。
「私はね、蜘蛛が人の心を読み取っているんじゃないかと思うの」
「花森さんお得意の、超能力蜘蛛説ですかぁ」
「それなら、超心理研究部の研究としては、まっとうでしょ。誰かが強くイメージした人の顔が書かれるんじゃないかって」
「まあ、難しい話はまたにしよう。ほらほら、キリちゃん、占いをしてあげて」
吉村先輩が、話の腰を折った。
「はぁい」
けだるげに返事したキリちゃんこと桐野先輩に、前世占いとやらをやってもらったけれど、なんと言われたのかよく覚えていない。
けれど、部室を出るころには、この部活に入ろうと決めていた。
テレパシー、心を読める蜘蛛。ここで聞いたキーワードはどれも、こころの記憶と結びついていた。あの蜘蛛の巣を見て、こころを思いだしたのも、何かの暗示かもしれない。
部員が、入試に向けてカリカリしていないところも気に入った。偏差値とか志望校とか成績とか、そうしたもので人を評価しようとするクラスの雰囲気に、私はずっと居心地悪さを感じていたから。
週末の体験入部に誘われた。
学校に泊まりこんで、撮影会をするのだという。
心霊写真なんて撮りたくなかったけれど、さくらと一緒にお泊りできるのは楽しみだった。
ふんわりした雰囲気を持ったさくらと出会って、気づまりな学校で、ようやく気を許せる友達ができたように感じていた。』
夢中で読みふけっていたナオミは、はっとして時計を見た。
もう八時半を回っている。
一時限目のチャイムを聞き逃していたらしい。
ノートを鞄に戻し、あわてて教室へ駆けていく。
クラスメートがちらちらとこっちを見る中、ナオミはなるべく顔を合わせないようにして席に腰を下ろした。
机の落書きの件は忘れたわけではなかったけれど、双葉先生のノートのお陰で、朝、目にした時の衝撃は少し薄れていた。
あのノートの物語は、双葉先生の創作なのだろうか。それとも本当の話なのだろうか。
この学校の由来。
人の顔を描く蜘蛛。
心を読める親友……?
ノートの続きが気になってしかたなかった。
ナオミはうわの空で授業を受け続けた。
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