You Can't Stop The Beat

チャッチャラバベ太郎

You Can’t Stop The Beat

「私と踊ってくれませんか?」

醜女が、私の前にひざまずいた。


つまらない芸能人のプライベートだけが流れるTVを消し、サンダルのまま家を出る。

2階なのでそのまま階段を二日酔いの体を揺らしながら降りていると、ドン!とぶつかる感触があった。

「…あ゛?」

我ながら酒焼けした声を出して下を見ると。


階段下で女がぶっ倒れていた。

「…え゛」

私は講義をすっぽかすことに決めた。


「ありがとうぎごじゃいまじゅ」

「あ゛ーよかった生きてて……お茶一つで泣くな」

「へへ、へへ、おししくて…」

「聞き取り辛いんだよ、ちゃんと……アンタ」

「へ?」

こいつ、よく見たら頬は腫れてるし歯は欠けてやがる。

…見なかったことにするのも気分悪いな。

「おいそこにいろよ、ガーゼ持ってきてやっから」

「はいっ!」

返事だけは元気いいなコイツ。

………虐待されてる子って返事の声だけはいい声出すって聞いた事を思い出した。


「はいおしまい」

最後に頬にガーゼを張り付け、

「あっ、ありがとう、ございまひゅ」

お礼一つ言えねえのかよ。

「それ、で、あ、あのっ、これしか、なくて‥‥」

びくびくした声でポケットから取り出し指し出してきたのは、…おそらくヘロイン。

昔偵察に行った不良校で見た覚えがある。

虐待、薬物、うーんピッチャーとキャッチャーぐらいセットの組み合わせだ。……マネージャーの私は関わり合いになりたかねーな。

「ばーか」

私はこの馬鹿の頭をこずいた。

「混ぜる飲み物持って来いよ、味が薄いぜ」


私達はその日のうちに引っ越すことになった。

すぐ不動産屋に電話してここから12キロ離れたアパートを契約し、片付けもほどほどにすぐ電車に飛び乗って今日は外に泊まる事になった。

やくぶつのちからってすげー!

そしてこの無茶苦茶な行動にこいつは……一言も文句を言わなかった。

まあ言えるわけねーか。

「おい」

「なんですかぁ?」

「いくらもってんの」

「4949円でふ」

「不吉だな、使うぞ」

私はこいつの財布を奪い取ろうとした。


【どうして待ってくれなかったの?】


「ッ……!」

唇をかんで手が止まる。

夏の暑さにぐわんぐわんと脳髄がバットで殴られたみたいになってる。

ちくしょう、舌まで噛んじまったじゃん。

「買ってきました~!」

…あいつ、いつの間に。

「秋もふきゃまってきたのでほっとココヒャに…どうしました?」

ああそうだ、今は秋だった。


さて、どこに泊まったかなんざ。年頃の輩が二人いるならそんなことは決まってるのであって。

「あっ、はっ、ああっ、っぎっ」

指がこいつの中をリズミカルにかき回し、蜘蛛の巣みたいに絡みついて離れようとしない。

「っつ、い、ああっ、んっあん!!」

そうだ、この声を最初から出せよ。それなら意味が伝わるぞ。

こいつの連れもこれが欲しくて、暴力や薬物で繋ぎ止めようとしたのかもしれない。

だがそんな名前も性別も知らない奴のことなんかどうだっていい。

「腰落とせ!」

「っあ、あい!」

「声出せ!」

「ひゃい!」

「ボールをよく見て!」

「は、ポール!?あっ、あっっ!」

彼女のミットが達した。


「野球…やってたんですね」

そんなことを聞いてきたのは同棲生活から2か月経ってからだった。

当然、腫れも引き生々しい体の傷も薄くなって綺麗になった女の疑問に煙草をベランダに押し付けて私は問う。薬物もインターネットから遠ざけて止めさせたらこいつは軽度だったようで今の所問題はない。

「私の性別、プリーズ」

「レディー」

「そういうことだよ」

私は2本目の煙草に火をつけながらそう返した。

「わたし、応援団やってたんです、チアリーダー」

「ミニスカで猿共に純白を晒しながらか?このスケベが」

「もう、見せパンですよう」

洗濯物を畳みながら彼女は困った笑顔で答える。

それでいい。

お前はずっと困った顔で笑ってればいいんだよ。

「ダンスとかも踊ったんですよ、今度魅せますか?」

「ベットの上ならな。エスコートはイクごとに一回」

「社交ダンスとは違うんですよう」

こいつはまた、困った笑顔をした。


同棲生活6か月目。


アイツが居なくなった。

家は泥棒でも入ったがごとく大荒れで、割れた窓ガラスには血痕が附則していた。

ご丁寧にあいつの使っていたマグカップも、枕も、靴も服もぜーんぶ破かれていた。

私は茫然と立ち尽くしていた。

…どこから嗅ぎつけられた。

あっちの方には極力近づかないように生活していたのに。大学もわざわざ自転車で通うようにしたのに。

「あはっ」

早く、あいつを――――———!

ん?

私、

おい。

なんで笑った。

「ひゃ」

私は家をカギもかけずに飛び出した。

「ははははは!!!」

向かうはスポーツ用品店。

「ははははっはははははは!!!あはははははははははっはははははは!!!」

駆けだした足は、どんな野球選手より早い気がした。


家のピンポンを鳴らして、出てきた瞬間新品の金属バットを顔に向かって振り下ろした。

ヤク中には、さらっていった犯人の顔がインターホンに映っていることも理解できなくなっていたようだ。

そのまま馬乗りになって何度も何度も殴る。手を腰に伸ばしてきやがったので立ち上がってスパイクで手も踏み付けた。

バットを汚い口に入れ、ゴリゴリとレッツらまぜまぜ。

とどめに硬球をどてっぱらに当ててからのべとべとのバットで足を折った。

そのまま重い足を引きずってリビングへと向かう。


「あ」

そこにいたのは肉片だった。

髪はぐしゃぐしゃに乱され、歯は前歯をほとんど折られ、片目は潰れており、左腕は真っ青に染まり曲がってはいけない方向に曲がっていた。

衣服も破かれ、太ももから鮮血が流れている。

真っ暗な部屋の月光が、そのゲデモノにスポットライトを浴びせていた。


「ごめんなざい」

肉片が何か言った。


「あの、クスリ、ほじぐて、その、会い、たいっ、て言っひゃの。そしたら、そいたら、家ばれ゛で…」

「なんでよ」

「ご、め」

「なんであんたそんなに綺麗なの」

「え」

「なんであんたは私がしてもらえなかった罰を受けてるのよ!」


私は罪を犯した。

一人の青春と夢はご破算となり。

私は何も罰を受けず。

追ってきてもらえることを期待しながら逃げ出した。

手紙だって電話だって何度も何度も!

なのに。

なのに。

なんでこいつは電話一つで追いかけてきて罰してもらえるのよ!!!


わたし、罰された奴と寄り添いたかった。

わたしは、罰されていたかった。

だから、一緒に。

ずっと罰され続けなきゃいけなくて、誰よりもわたしがそうしたいんだ!!!


「あああああああああああ!」

私は自分の頭に金属バットを振り下ろした。

世界が眩き、点滅し、やがて紅くなる。

ふらつく足に強引に力を入れて、まっすぐ立った。

「これで、いっしょ」


「あんたも、わたしも、あいつも、これも、みんな傷つくの」

鉄の汁が頬を覆う。

「だれかに憧れる奴はみんな身勝手で、どんな奴でも傷つけるの」

目から透明な血があふれ出す。

「だから、みんな罰されるの」

「なんなら、わたしが罰してやるの」

「あの時みたいに!」

私は高らかに叫んだ。


「あこがれは、くたばれ!!!」


「すごいなあ」

床に転がっていた肉から嗚咽が漏れる。

「やっぱり、あごがれちゃう、なあ…」

その肉は、やっぱり困ったように笑っていた。


その時、床のゴミのポケットから着信音が鳴った。

「…パスワードは?」

「そんなの、ない゛です」

私は黙ってスマホを拾い、110番しようとした。

が。

こいつが開いていた動画サイトの曲のタイトルが見えた。

「‥‥なんだけっなあ、この曲」

あ、そうだ。

こいつと会った日に聞いていた曲だ。

なんとなく、再生ボタンを押すと軽快なダンスナンバーが流れ始める。

そうすると、目の前でこいつが跪いた。

いかん、血が出すぎたかな。

サイレンの幻聴が聞こえ、彼女の美しいドレスの厳格さえ見えてくる。

それでも、この一言だけは嘘じゃなかった。


「私と、踊って、くれませんか」

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