第7話「基礎《イェソド》 その2」
<前回のあらすじ>
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移動中、麻里奈は「レジスタンス」の存在を明かす。
しかし、澪は麻里奈を皮肉り、麻里奈は激昂。
麻里奈と澪がもめていたその時、彼らを『セフィロトの十騎士』の1人、「イェソド・メソッド」が襲う。
そして彼の口から放たれる、澪と稔の関係性。それがもたらした「澪の死刑」という残酷な現実。
それでも、稔は彼女を守るために立ち上がるのだった。
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<絶望に風穴を開けろ!>
バァン!
夜明けが近づき、明るくなりつつある夜空に轟くは『銃声』。しかし、撃った当人である稔はピストルなんか持っていない。
稔「少しは見直してくれたか、イェソド"さん"?」
稔は、気弱な性格とは思えないほどニヒルな笑いを浮かべる。
イェソド「貴様、くっ、これはいったい…!」
イェソドの右脚から、血液が流れだす。それを止めようと、イェソドは右脚を押える。それでも彼の足からは血液が漏れ出していく。
イェソド(わからん…まるで俺の足をピストルで撃たれたかのように…!)
稔「…自分で考えてみたらどうだ?」
気弱なやつとは思えないほどの言葉、今の彼には「決意」と「殺意」が混じった、赤黒い炎が浮かんでいるようにも思える。
この言葉、今のイェソドには挑発にしか聞こえなかったらしく、彼は吼える。
イェソド「なめるな小僧がァァァッ!!」
イェソドの肥大化した右腕が、稔をもう1度叩き潰そうとする。
ボギュゥン!
大木が折れる程の一撃。稔は間一髪で回避する。
バァン!!
そして再び轟く銃声。回避した瞬間、今度はイェソドの左腕に何かを発射した。しかし、これはイェソドの左腕をかすめてしまう。
イェソド「なるほど。空気か。」
冷静さを取り戻したイェソドは、稔の能力を理解した。
イェソド「空気だ。お前は皮膚の1点に空気を圧縮。近距離でそれを発射することでまるで銃で撃たれたかのような『風穴』が開いたってわけだ。先ほどの一撃で射程が短いのも理解した。もし射程が長いならあの威力だ。どこかに穴が開いているに違いないからな…。」
稔「くっ。正解だよ。僕は指先の一点に空気を集中させて、それで風穴を開けてたんだ。でも僕もお前の能力がわかった。お前の『身体強化』能力、と言えばいいのかな。とにかくその能力は『肉体の一部を強化する』が、その代わり『それ以外の部分は弱くなってしまう』弱点がある。それがわかった今、もうお前には負けない。」
そういって、稔は指をピストルのように構え、不敵な笑みを浮かべてイェソドの前に立ちはだかる。
『負けない』。稔のその不敵な一言が、再びイェソドを怒らせた。
イェソド「貴様…もう生きて帰さんッ!多少一撃のパワーは落ちるが、お前をぶちのめすにはこれで十分だ!」
その刹那、イェソドの両腕が肥大化。その姿はまるで両腕に巨大な戦鎚を装備した狂戦士の如く。
イェソド「本来、お前のようないじめられっ子は『救済』する予定だったのだ。救済して、我らが帝国の優秀な戦士として迎え入れるはずだった…お前には永遠の幸福を与える、幸せにする。そのはずだった!しかし、貴様がこんなませたクソガキであったことが分かった今、そんな情けなぞ、貴様には与えんッ!もう許さん!予定変更だ!"失格人間"澪含めて貴様ら全員ッ全力でッ全開でッ!虫けらのように叩き潰してくれるッッ!!」
稔「虫けら。」
その一言、彼はある光景を思い出していた。
<虫けらの意地>
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澪「おい虫けら。お前が私に勝てるわけねーんだよ。」
ある日の学校。稔は澪に『虫けら』呼ばわりされて、いじめられていた。その卑屈な性格故が、彼女にとっては目障りだったから。
それゆえに、彼女はちょくちょく稔をいじめていたのだ。
それだけじゃない。『誰かの精神』を強化するだけの澪では、攻撃系能力を持っている稔には勝てない。もし彼を怒らせようものなら、自分が殺されてしまう。それを恐れた澪は自分の能力を悪用、稔の精神を弱らせることでいじめを実行していたのだ。
しかし、今の彼に『虫けら』の一言は、彼の心の「何か」に火をつけるには十分だった。
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稔「やってみろよ、そのバカでかいのろまな腕で『素早い虫けら』をつぶせるものならな。」
イェソド「ほざくか貴様ァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
イェソドは、完全に怒り狂った。その殺意を以て、稔を文字通り"虫けら"の如くつぶそうとする。
スパパパパパパパパ…
しかし怒り狂ったせいで攻撃が単純になったのか、彼の放ったラッシュは、稔には当たっていない。空を切るばかり。
イェソド「よけるなクズが!」
ずぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ…
よける。よける。よけ続ける。稔は、単調になったイェソドのラッシュ攻撃をひょいひょいとかわしていく。そして稔は彼の背後に回った。
稔「はい、お前の負け。」
ばきゅぅぅぅぅん!
それは、稔の勝利宣言と同時だった。彼はイェソドの脊椎を、そこに注射するかのように『一突き』。それは彼の能力と相まって文字通りの凶弾と化す。
背中を『撃たれた』イェソドは、前方に吹き飛ぶ。そして自分が"虫けら"の如く叩き潰した肉塊に頭から突っ込んだ。かろうじて生きてはいるが、しばらくの後気絶。再起不能となった。
肉塊の中に頭を突っ込み、ぴくぴく震えるさまは、奇しくも肉にたかる虫けら、ハエに似ていた。
<稔と澪>
イェソドとの戦いを終えた稔は、皆が待っている倒木の裏に戻ろうとしていた。
澪「…おい。」
帰投しようとする稔の前にたちはだかる女、大槻澪。しかし強気で皮肉屋な彼女とは思えない、どこか罪悪感を感じている表情をしていた。そして何より、彼女の頬には、平手打ちを受けたかのようなあざが残っていた。
稔「な、なにがあった?」
稔はひどく驚いたのか、単調な言葉しか出なかった。
~ちょっと前の出来事~
俊介「澪、お前マジか。」
禮「…あんまりこんなこと言いたかないが、お前があいつらを呼んでしまったも同じだ。こういわれても、言い返せんぞ。」
倒木の裏、澪は禮と俊介に問い詰められていた。イェソドから放たれた事実。そのことを聞くためだ。
澪「…しかたなかったの…。」
俊介「てめぇ…!」
がっ、俊介は澪の服の襟をつかみ、まくしたてる。
俊介「お前のくだらねー嫉妬心で学校が滅んだんだぞ!?それをわかってんのかオイ!逆説的に考えればお前が俺たちの日常を破壊したも同じだ!どう責任取ってくれるッ!」
激昂し、彼女を責め立てる俊介。彼女の声は震えている。と思った矢先のことだった。
澪「何がわかる」
小さく、かつ確かに彼女はつぶやく。
俊介「何…?」
俊介がそういった瞬間、澪は声を荒げて叫びだす。
澪「何がわかるんだよッ!!無関係なあんたに!あいつは…あいつは…!!私から誇りを奪ったんだ!『大槻家』の!」
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<大槻家の誇りと闇>
大槻 澪はエリート異能者軍団で有名な大槻家の一人娘であった。日々厳格な訓練の果て、強力無比な異能力にまで成長した。
そして霊威学園に入学、生徒や先生からも称賛され、彼女の才能を欲しがった。だれもかれもが、彼女を愛した。
しかし、或る一つの出会いが事件を起こしてしまう。
ある時、霊威学園にある少年が転校してきた。その少年の名は『高杉 稔』。彼もまた強力な異能力を持っていた。
ある時、彼女と稔が戦闘訓練で戦うことになった。その結果は、結論から言ってしまえば澪の完敗、惨めなまでの敗北であった。
エリートであるという自負からか、彼女にとっては、死にたくなるレベルでの屈辱的結果であった。
その日以降、彼女は称賛されることはなかった。それどころか、稔ばかりが称賛され、ひいきされる始末。稔本人にとっては悪気はなかったとはいえ、彼女の眼にはまるで自分を排斥するための『いじめ』でしかなかった。
本当はそれがプライドからくる『嫉妬心』でしかなかったにもかかわらず。それに気づくことができなかったのが、彼女の人生の不幸であった。
そして澪は、この時代における「最悪の犯罪」を犯してしまい、今に至る…。
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澪「仕方なかった…仕方なかったんだ…!あいつに勝つには…ああするしかなかった!!戦闘訓練で、あいつばかり称賛され、自分は馬鹿にされていると思わされる日々!あんたに…何がわかるっていうの!!あいつが私の尊厳を、プライドを破壊したんだ!!」
嘆く、叫ぶ、吐きだす。己の罪を。彼女の涙は、彼女にとっては「後悔」と「自責」の念でしかないが、これが俊介には「自分に酔っている」だけにしか見えなかった。
バチィン!!
俊介は怒りのあまり、澪に平手打ちをする。彼女の肌に、赤い跡が残る勢いの平手打ち。そして俊介は、なお声を荒げて澪を責め立てる。
俊介「悔しい気持ちはわかるが、そんなちっぽけな理由で人をいじめていいわけがねぇ!ふざけたこと抜かして自分に酔ってんじゃねーぞボケ!」
麻里奈「やめて2人とも。澪を責めたところで、もう時間は戻らないわ。」
麻里奈は2人を止めるために割って入ろうとした。
俊介「邪魔すんな明智麻里奈ッッ!これはこいつ自身の問題だ!」
麻里奈「なんですって…!」
怒り心頭の麻里奈、そこに禮も加勢する。
禮「2人とも、特に俊介。これ以上澪を責めるのはやめておけ。お前のしていることは、お前が恨んでいる『ジャスティス帝国』と何の変りもないぞ。お前のやっていることは、私刑に過ぎない。」
俊介「…ああ、わかったよ。」
禮「…そして澪、お前が霊威学園を破壊した直接的な原因とは言わん。だが人をいじめたのは事実なんだろ?ならそのことについてはけじめをつけろ。ちゃんと謝ったらあいつも許してくれるはずだ。」
澪は、うなだれた顔で小さくつぶやく。
澪「…わかった。」
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澪「私があんたにしたこと、今でも怒ってる?」
澪は、涙目と震える声で稔に話しかける。そして、こう続けた。
澪「私は、あんたに対してひどいことをし続けた。くだらないプライドと嫉妬があんたを狂わせた。私のせいなのよ全部。…ごめんなさい。許してもらわなくたっていい。一生あんたに恨まれたって構わない。でも、せめて謝罪だけは、させてほしい。だから、本当にごめんなさい…。」
澪が震えた声で絞り出した謝罪。それを受けて稔はこう返した。
稔「…確かに、澪さんの犯した罪は大きい。でも、それでも、謝ってくれたのはうれしかった。だから、これ以上自分を責めないでほしい。それに僕は感謝しているんだ。」
澪「え?」
稔「僕だってあの後は苦労した。あの後、僕は周囲の期待に応えるために必死だった。みんなが僕を評価してくれた。でもそれは同時に、プレッシャーにもなった。いつか押しつぶされるんじゃないかと思っていると、自身がなくなっていったんだ。でも、君のおかげで僕は安心したんだ。『期待にこたえなくてもいい』って思えたんだ。そのことに関しては、ありがとう。」
澪「…うっ、うう、うぅぅうう…ひぐ…えぐ…。」
澪は、目からこぼれる涙を抑えることができなかった。
澪「うううぁああああああああああ!!」
泣き崩れる澪、彼女を慰める稔、そしてその様子を黙ってみているしかできない禮たち。そしてその背後で、どこか不満げな俊介。
___そして、夜は明ける。
イェソド襲撃から3時間後、俺たちは隣町の鴻上市に到着した。ここには、レジスタンスがいるらしい。しかし、禮たちが見たのは__
禮「…なぁ、確認するが『ここ』に本当にいるんだよな?麻里奈。」
麻里奈「ええ、いるはず…でも、ひどい。」
___惨劇、その一言に尽きる。荒れ果てた道、崩れかけの家やビル、そして彼らの前にあったのは…。
「ひぃぃいぃいいいいい!!俺が悪かったぁぁぁあああああああ!!」
「黙れや。第1級最重要大罪『パワハラ罪』で君は死刑だ。己の罪を地獄で悔いて死ね。社会のゴミめ。」
~鴻上市、地獄の処刑場~
目の前で小太りのスーツ男が、ジャスティス帝国軍にミニガンでハチの巣にされている光景が…。それだけではない。右を見れば、主婦だろうか?女性が長い槍で串刺しにされ、兵士が持っている火炎放射器で炙られている姿。左を見れば紫色の出来物だらけの子供が激痛にのたうち回っていいるのを、兵士があざ笑っている姿。
戦慄、恐怖、絶望。形容しがたい、見ているだけで吐き気を催す、悪夢のような光景がそこにはあった。
華玖夜「何これ…地獄?」
俊介「おい、どういうことだよ。」
澪「…まるで世紀末みたい。」
稔「全くだよ…。」
___禮たちは、言葉をなくしていた。ただ、目の前の惨状を、黙って見ているしかなかった。
『第8話 レジスタンス その1』へ続く。
霊威学園へようこそ~Necessary EVIL story~ 霧雨 @ZeRosigma16
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