第3話「逃走」

「まさかお前が転校してくるとはな。」

 俺の前に立つ水色の髪の少女。彼女こそが転校生「蓬莱寺 華玖夜(ほうらいじ かぐや)」である。


 幼馴染である彼女は俺が中1の時に彼女の父親の仕事の都合で転校することになり、しばらく離れていた。しかし、なぜ彼女が今このタイミングでここへ帰ってきたのか?先ほど襲ってきた「ジャスティス」と何か関係があるのだろうか?


「うん。久しぶりだね!禮君!」

 華玖夜の性格は底抜けに明るい。ゆるふわで、おしゃれなカフェで大きなパフェでも食べているような性格をしている。


「そうだな…。」

 暗い性格だといわれる俺とは正反対だ。眩しい。


「ところで禮君、さっきの人たちってなに?」

「さぁな。俺に聞かれても。」

 この反応からすると、どうやら華玖夜はさっきの兵士とは関係がない。敵ではないのはわかった。

 まずは一安心、ってところか。と思っていた矢先。


 どぐぅぉぉぉおぉおおぉおおぉおおおおおんんんん…

「なんだ!?」

 突然の砲撃音。そう思った刹那。

 ぱりぃぃいいいいいいいん!

「探せ!邪魔する奴等は殺していい!」

「強力な異能を持つ者すべてひっとらえろ!」

「その力をあのお方に!捧げるのだ!!」

 さっきの仲間が来た。間違いない。


「話をしている暇はないな。急ごう!」

「うん!」

 俺たちは、その場から逃げるように走った。走って、走って、走り続けた。


 <2階にて>

「あ!禮先輩!転校生さん!こっちです!」

「躯か、脱出路を見つけたのか!」

「はい、この先に!」

 俺と華玖夜は、躯が見つけた脱出路に向かって走る。

「今はとにかくここから脱出を!」

「ほかに誰が生きているかわかるか?」

 生存者は多いに越したことはない。

「具体的にはまだわかりません。でも何人かはここの脱出路から出ていきました。」

「そうか、この脱出路の先は?」

「たしか、緊急用のシェルターが!」

 とりあえず。そこへ逃げれば安心だ。まぁ完全にとは言い切れないが。


「いたぞ!逃がすな!」

 先回りされていた。奴等の仲間3人がマシンガンを構えている。

「くっ、お前たちは何が目的だ!なぜここを狙う!」

「全ては絶対正義の体現者たるあのお方が!貴様らを捕まえろとおっしゃっているのだ!我らは仰せの通りに従っているのみ!」

 だめだ、『あのお方』が分からん以上、話についてこられない。とにかくジャスティスの連中は俺たちを捕まえて『あのお方』の前に引きずり出したいらしい。


「僕に任せてください…。(右手を広げ、手のひらの中で空気を圧縮している)」

 そう考えているうちに躯は兵士の前に立ち、攻撃態勢に入る。

「何のつもりだ!」「構わん!逆らうなら撃て!」

「正義だ正義だってお前ら…。(右手を握りしめる。)」

 躯は声を荒げ、叫ぶ。

「う ざ い ん だ よ !(兵士めがけて手を広げる)」

 その瞬間、彼の掌から暴風が吹き荒れる。これが躯の能力「風圧」である。


 彼の右手は周囲の空気を操作、圧縮し、手のひらを広げることで圧縮した空気を開放、空気を暴風に変えて相手を吹き飛ばす。


「「「うわああああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」」」

 単純ながら強力。それがこの「七瀬 躯」の能力なのだ。

「…済みましたよ。行きましょう!」

「お、おう!」「うん!頼りになるね!」

「ありがとうございます。でもそれはここから脱出したら。」


 <脱出路>

 脱出路。ここはもともと災害用に生徒や先生が避難する時に使用する抜け穴みたいなところである。この先に緊急避難用のシェルターがある。

「不気味なほど静かだな…。」「そうですね…。」「禮君…こわいよぉ…。」

 後ろから奴らの仲間はつけてきてはいない。

「この先に扉が…あるはず…。」

 扉を抜ければ外に出られる。その先にシェルターがあるはずだ。

「ありました!扉です!」

「開けられそうか?」

「あ、開きます!」

 良かった。これでここから脱出できる。その時だった。


 どぐぅぉぉぉおぉおおぉおおぉおおおおおあああああああああんんんんんんんんんんん…。


 爆破音が鳴った。おそらく校舎を破壊しているのだろう。

「やばい、ここがばれるのも時間の問題だな。急ごう。」

「うん!」「はい!開けますね!」

 扉を開け、外に出る。そこには煙色の空。太陽の光も届かぬ薄暗さ。その上周囲には大量の兵士と投げ捨てられたクラスメイトの死体。さらにはレールガン搭載戦車までと来た。その光景はまさに「惨劇」の2文字だった。


 <目指すはシェルター>

「おい…嘘だろ…!」

「ここまで来たのに…!」

「ひどい…!」

 吐き気がするほどの腐臭と空を覆う煙の臭い。それが入り混じり俺たちの目の前の惨劇を強調する。

「おい!いたぞ!ひっとらえい!」

 どうやら兵士の1人が立ち尽くしている俺たちを捕まえようとしている。その瞬間現実へと引き戻される。

『ああ、俺たちは…これから…』三文芝居のような言葉が心の中で響く。

「…どうするの2人とも…。」

 ふっふっふっふっ…兵士が薄ら笑いを浮かべてこちらへ迫ってくる。このままでは確実に捕まるか殺されるだろう。


「…逃げるしかねーだろ。」「そうですよね…!」

 俺たちが生き延びるには…1つしかない方法をとるしかない。

「走れ!」

 それは、「逃げる」。

「逃がすな!誰一人として逃がすな!」

「は!すべては絶対正義のために!」

 何が絶対正義だ。ふざけろお前らのやってることは正義なんかじゃない。

「捕まえろ!」「捧げるのだ!」「それが我らの正義となる!」

 何も知らないものを蹂躙しておいて、なにが「正義」。

「…けるな。」

 何故か知らんが、涙が出てくる。こいつらが哀れなのか、自分の非力さが悔しいのか。自分でも理解できなかった。

「ふざけるなよ…!この…」


 俺は気が付いたら、能力を使っていた。完全に無意識だった。怒りと悔しさに身を任せ、戦車や奴等の武器を固めて鉄塊を作り上げていた。

「落ち着いて!」

 その時の俺は「落ち着いてられるか。同じことをしてやらないと俺の気が済まない」と思っていた。

「先輩!」

 もう、躯の声も、華玖夜の声も、聞こえなかった。完全に俺の頭を支配していたのは「怒り」の感情だった。


「クッッッソ共がぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 俺が鉄塊を奴等の前に落とそうとした瞬間、俺の目の前が真っ暗になった。その時かすかに聞こえたのは、華玖夜が何かをしている声だった。


 俺は理解し…気絶した。


 <シェルター>

「…んん…。」

 目を覚ますと、俺はベッドの上で寝ていた。その横には華玖夜の姿が。

「華玖夜が、運んだのか?」

「うん。禮君が怒りに任せて攻撃しようとしたからあたしが虚数空間に飲み込んでここまで運んだの。だめだよ?そうやって怒りに任せて攻撃したら!ほかの人に迷惑がかかるでしょ!もう、ぷくー!」

 華玖夜は、頬を膨らませて怒っている。

「ああ、すまない。」

「分かったらいいよ!落ち込まないで!」

 正義の2文字で誰かを蹂躙する正義など…間違っている。だが本当の「正義」というものが今の俺にはわからないのも事実だ。そう考えていたその時だった。

「お目覚めかしら?斬月禮?」


第4話「同志」へ続く。

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