聖女

◆お知らせ◆

以下二点、活動報告を上げました(*´∀`*)

お手隙の際にご確認頂ければと思います。


・【冒険者ギルドの喫茶店2】書影&発売情報

・【聖女ペット】コミカライズのお知らせ



◆本編◆


 レアが消えた後もぼうっと街を眺めていると、いつの間にやってきたのか、隣にシモンが立っていた。


「さて、これからどうしたものでしょうね」


 優しい灰色の瞳がわたしを見つめている。


「ここへ来たばかりの君は、本当に小さな雛のようだった。でも今はもう、立派な翼を持って飛び立とうとしている。ちょっと遠い存在に感じちゃいますね」


「……そんなことないです。わたしは全然遠くになんか行ってないです。シモンの隣にいます」


 そう言うと、シモンは笑った。


「そうですね、巣立たれると寂しいですよ、私は」


 まるで親のようなその言い方に、わたしも思わず笑ってしまう。

 でもシモンの言いたいことも分かる。身分のこともあるけれど、シモンはもう一つの可能性のことを思ってそう言ったのだろう。しばらく二人でぼんやりと街を眺めていると、シモンがまるで天気の話でもするみたいに、口を開いた。


「私の問いの答えは、決まりましたか」


「……」


 その問いに、わたしはゆっくりと目をつぶる。

 答えは決まっていたけれど、それを口に出すのは少しだけ緊張した。



 ──数日前。わたしはシモンの執務室で、何度目かの鑑定を受けた。そしてそこで、ロックされていた、わたしのもう一つのスキルがわかったのだ。

 わたしもシモンも、スキルの内容についてはなんとなく予想はできていた。


「もうわかってると思いますけど……君のもう一つのスキルは『瘴気を払う力』、ですね」


 そう言われても驚きはしない。だってわたし、アニエスに取り憑いていた瘴気をあの場で払ったのだから。重要なのはその能力があることではなく、その能力をわたしが持つ意味だ。


 ──瘴気を払う能力を持つのは、神聖な力を持った聖女だけ。


「クーナ。君はもしかすると……」


 シモンが珍しく言葉をためらった。わたしもわかっている。

 アルーダ国で魔物の森に追放されたあの日。わたしの元へ、足の折れたカーバンクルがやってきた。アニエスによると、カーバンクルは聖女となる女性の元に、お告げを持ってやってくるらしい。


 わたしの目の前に現れたルル。一向に良くならないアルーダ国の被害。そしてわたしの中に宿った、瘴気を払う力。


 それらの事実が示す可能性は──メルティア様が、聖女ではないかもしれないということ。


「まだ確定したわけじゃない」


 だけど、とシモンは言った。


「もしかすると、君こそが、本当の聖女なのかもしれない」


 アニエスが魔憑きになった時。私はどうすればいいか初めから知っていたかのように、力を使った。あの時、わたしの心に迷いはなかった。今でもきっと、瘴気に取り憑かれた人がいたら、どうすれば対処できるか、分かると思う。


「でも、とても小さな力です。ルルの力を借りないと、きっと対処できていなかったと思います」


「それでも君が聖女だという可能性は十分にある」


 戸惑うわたしに、シモンはこんな意地悪な質問をしたのだ。


「どうする? 君は、君を虐げてきた国を救うのかい?」



 すぐには受け入れられる話ではなくて、わたしはシモンに時間をもらっていた。そして今、その問いの答えを聞かれているというわけだ。

 でも、そんなに時間は必要なかった。少し悩んだけれど、わたしの答えは初めから決まっていた。

 わたしは真っ直ぐにシモンの目を見て言った。


「わたしにできることがあるのなら、協力するのみです」


 そう言うと、シモンは少し面白がるような顔をする。


「どうして? 君が協力する義理なんてないのに」


 そうだ。わたし、アルーダ国は好きじゃない。あの国の王様も、王太子様も、わたしを虐げてきた人たちはみんな嫌い。でもそれはそれ、これはこれだ。


「あの国には人間以外の種族だって住んでいます。それに王太子様みたいな人たちだけが全てじゃないです。心優しい人たちだってきっといるもの。結果的に嫌いな人たちも助けることになるのかもしれないけれど、そういった人たちを見捨てるよりは、ずっといいです」


 全てをひとまとめにして「憎い」と考えるのではなく、私情と現実を切り分けて、俯瞰して見ることも時には大切なのかもしれない。

 アニエスの件で分かったのだ。ただ憎い人たち、恐ろしい人たちと一括りにしていたけれど、彼女にもそうなる理由はあったのだと。それが理解できただけで、わたしの気持ちはずいぶん楽になった。だからと言って、彼女を許せるわけじゃないけどね。


 だけどわたしが「憎い」とひとまとめにしていたものの中には、これから宝物になるものだって、あるかもしれないから。だからわたし、見殺しにはしたくない。


「それに人を見殺しにしたら、わたしの心は罪の意識で病むと思います。そうしたら、きっと喫茶店のごはんを美味しく食べることだって、できなくなっちゃいます」


 そう言うと、シモンはくすりと笑った。


「……そうですね。君はそういう子です」


 うん、とシモンはうなずく。


「君の決意はわかりました。それなら私も、君を手伝いましょう」


「! 本当に?」


「当たり前でしょう? まだ巣立たれては困りますよ。親鳥としても寂しいですから」


 その言葉を聞いて、わたしも笑顔になる。


「それに、このままだとグランタニアにも被害が出る可能性がありますからね。私はアルーダ国がどうと言うよりも、実際のところはそちらの方を危惧しているのですよ」


 わたしもコクリと頷いた。

 もちろんそのこともあるから、アルーダ国をなんとかしたいと思っているのだ。


「君が行く道は、険しいかもしれないよ。それでも行くのかい?」


「はい。結果は保証できませんけど……やれるだけやってみます」


 そう言うと、蝶々を追いかけ回して遊んでいたモフモフたちが、わたしの元へ駆けてきた。


「もしもそうなったら、ルルたちもついてきてくれる?」


「るーう!」

「ピュリィ!」


 ルルにぺろっと頬を舐められた。何も迷うことはない。みんなが一緒ならきっと大丈夫だ。ルルの頭に乗っていたスラちゃんも、ぷるん! と揺れた。


「なるほど」


 シモンは微笑んで、呟いた。


「ルルが君を選んだ理由がわかりますね」


 わたし達は、人の賑わう街へと視線を向ける。

「君こそが、きっと──」


 風がふわりと吹く、穏やかな光に満ちた昼さがり。目をつぶると、街の人たちの賑やかな声がここまで響いてくる。


 守ろう。この大切な日常を。

 もちろん、みんなで一緒に。

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