終章 あなたを好きになる
レアとの別れ
「それじゃあ、あたし、もう行かないと」
お父様が捕まって数日が経った。
旅の準備を終えたレアが、冒険者ギルドの入り口で、わたしを振り返って言った。
「またすぐ戻ってくるから」
「うん、気をつけて。わたしはどこにも行かないから」
騒がしいルルたちを抱っこして、この子達もいるし、とレアに見せる。
「本当はここに残っていたいけど、お母様があんな状態だし」
あれからイングリットさんは、ショックを受けて、精神的にも肉体的にも疲弊して臥せってしまったそうだ。とりあえず一旦領地に戻って色々と報告しないといけないそうで、二人はリュシア領に戻るのだという。
「それに、あんたはここにいる方が、きっと幸せだもんね」
腕に抱いていたルルをレアが撫でると、ルルはきゅるぅ~っと気持ちよさそうに鳴いた。
「でもまあ、準備ができたら、すぐ戻ってくるから。それか、誰か家のものをつかわせるわ」
「うん、分かった」
わたしがあっさり頷くと、レアは少し呆れたような顔をした。
「あんたねぇ、自分の立場、本当に分かってるの? そんなほのぼのした顔しちゃって」
「し、してないよ」
そう言うと、レアは眉を寄せた。
「あんた、戸籍登録の時に名前変えるんだっけ?」
「えっと、できれば。お母様の名前を入れて、クーナ=アトランシアにしたいんだ」
「ってことは、あんた、リュシア公爵令嬢クーナ=アトランシアなのよ? リュシア公爵家の正統後継者なのよっ?」
「わ、分かってるって」
正直、今も信じられなくて、実感はない。だけどお母様はリュシア公爵家の長女であり、生きていれば彼女こそが次の世代の公爵位を賜るはずだったのだという。今はイングリットさんがその役目を果たす予定になっているけれど、わたしが戻ってきたから、どうなるかわからないんだって。
でもわたし、爵位を継ぐつもりなんかこれっぽっちもない。なんの知識もないし、勉強だってしてこなかったしね。
実際問題、レアもそこのところは分かっているのだろう。無理に継承しろとは言わなかった。
「とにかく、おじいさまに挨拶はしてもらわないと。それどころか、おじいさまの方がこっちに来そうだけどね!」
レアは腰に手を当てて、ため息をついた。
とりあえずやらないといけないことはいっぱいあるんだろうけど、今はみんな疲れていて、それぞれすぐには動けない。わたしもしばらくは、ここで情報を整理しながら休むつもりだ。
あれからお父様は杖騎士団に捕まり、お継母様とアニエスは、事情聴取ののち、アルーダへ帰ることになったらしい。らしいと言うのは、人伝に聞いたからだ。きっとしばらくは、お継母様の実家へ身を寄せるのだろう。
不思議なことに、わたしの心は静かだ。これからやらないといけないことが山積みのはずなのに、どこかスッキリした気分だった。と言うよりか、この国にいられることに、安心感を感じているのかもしれない。
「まあ、色々言っちゃったけど。とにかく、あんたが生きてて本当に良かった」
「うん、ありがとう」
イングリットさんも、レアも。みんなそれぞれ、これまでの十五年間、様々な想いを抱えて生きてきたのだろう。それを語るにはあまりにも滞在期間が短すぎる。気持ちの整理がついてから、また話し合えばいい。
「素晴らしい戦いだったわ。わたしにこんなに素敵な従姉妹がいて、誇らしい」
「……ありがとう。みんなのおかげだけどね」
「うん。あんたが一人ぼっちじゃなくてよかった。愛されていて、幸せで、よかった」
私たちは握手を交わすと、お互いにぎゅっと抱き合った。もうお別れの時間だ。
「すぐ帰ってくるから、それまでに元気になってなさいよね! きっとこれから大変なんだから」
「分かった」
わたしが深く頷くと、レアはにっこり笑って、手を振った。
「また会いましょう!」
わたしはレアの後ろ姿が消えるまで、ルル達と一緒に手を振り続けていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます