魔憑き

「クーナ!」


 ギアがわたしのそばにやってきて、アニエスからわたし守るように抱いた。


「……いい加減にしろ。君の話は荒唐無稽すぎる」


「は?」


「君の話は信用できないと言っているんだ。クーナが神獣を盗んだなら、どうして神獣はこんなにクーナに懐いている? なぜ君に噛みつくんだ? 君の言う聖女とやらも、瘴気を払えずグランタニアにも被害を出している以上、信用に値しないな」


 アニエスはわたしを抱くギアの姿を、上から下まで何度も見た。


「な、なんで、あなたみたいな人が、お義姉様を……?」


 アニエスのギアを見る目は、羨望に近かった。多分だけど、どうしてギアのようにかっこよくて、身分もある男性がわたしを守っているのかと聞いているのだ。アニエスにとってわたしは、なんの価値もないから、不思議で仕方がないのだろう。


「……どういう意味で言っているのか知らないが。クーナは俺の、大切な人だからだ」


「!?」


 え!? そ、それってどう言う意味……!?

 こんな状況なのに、わたしは動揺して真っ赤になってしまった。シモンたちもおや? という顔をしている。ぎ、ギアはどう言うつもりでそんな言葉を言ったんだろう。わたしがあたふたしていると、呆然としていたアニエスが、うめく様な声で言った。


「……いつも、そう」


「……え?」


 憎悪の篭った目がわたしを捉える。その瞬間、背中に寒気が走った。アニエスの様子がどこかおかしい。


「お義姉様はいつも、私から大切なものを取っていく」


「わたし、アニエスから何かを奪ったことなんて、一度だってない!」


 驚いてそう言うと、アニエスはぎり、と歯を食いしばった。


「お父様はいつもエレナエレナと、わたしを見もしない。そしてとうとうエレナにそっくりなお義姉様を探しにここまできた。お母様だって、エレナとお義姉様を憎んでばかりで、私に心から向き合ってくれなかった!」


「!」


「わたしが好きだったロイ様だってそう! 私の方が先に好きになったのに、お義姉様がロイ様を取ったんじゃない! なのにあなたは、また素敵な人をそばに置いている! あなたは人を振りまわし過ぎよ!」


 アニエスは悲痛に叫ぶ。


「本当の私を見てくれたのは、メル様だけ! だから私、お義姉様なんて認めない!」


 その瞬間、アニエスの瞳からつう、と涙がこぼれ落ちた。けれどそれは透明な涙ではない。赤黒くてドロリとした、涙とは程遠いものだ……。

いつの間にかアニエスの白目は黒くなり、黒目は血のような赤色に染まっている。


「! クーナ、離れろ!」


 変化にいち早く気づいたギアが、わたしを庇って前に立った。その瞬間、体を気圧されるような凄まじい魔力を感じる。アニエスの甲高い叫び声が聞こえた。魔力の渦の中で、アニエスは赤黒い目を光らせている。こちらに手を向けると、さらに強い衝撃波のようなものがわたし達を襲う。


 ──魔憑きになったんだ……!


 咄嗟にわたしはそう悟った。アルーダ国で浴びていた瘴気が、今彼女の体を蝕んでいるのだと。


「シモン、どうなってる!? さっきから外で待機させていた冒険者たちはどうした?」


シモンは落ち着いた様子で、アニエスの周りに魔術で透明なドームのようなものを張っていた。同じように、レア達の周りにもそれを展開して守ってくれている。


「それが、この子が入ってきたあたりから、なぜか全部の扉、開かなくなっちゃいまして」


「馬鹿っ! そういうことは先に言え!」


 能天気なシモンの回答に、ギアは慌てる。ギアもシモンも、アニエスが瘴気に取り憑かれてしまっていることは、なんとなくわかっているのだろう。アニエスは憎々しげに絶叫し続ける。


「たかが獣人のくせに! 空っぽで、弱っちくて、何もできない弱虫のくせに!」


 黒い瘴気を纏うアニエスを見ながらも、わたしの心は落ち着いていた。体の底から込み上げてくる、熱いものがある。あの瘴気をどうすればいいのか。わたしはそれを知っている……。

 するとルルがわたしのそばにやってきて、一声鳴いた。


「るう」


「ルル?」


 ルルが頷いたような気がした。わたしが今やろうとしていることを、肯定してくれているんだ。


「……ルル、手伝ってくれる?」

「るー!」


 こくんと頷いて、ルルはわたしの肩に飛び乗った。モコモットの大爆発事件の時と同じだ。あのドロドロした呪いの釘を引き抜いたように、アニエスにまとわりつく黒いモヤを消せばいいんだ。


「クーナ?」


 真っ直ぐにアニエスを見るわたしに、ギアが驚いたように声をかけた。


「ギア、シモン。ここまで手伝ってくれて、ありがとう」


 ギアとシモンを見て、わたしはうなずく。


「ここからは、自分の力でやってみます。それでもいいですか?」


 勝手に飛び出したりしない。けれど今度は、自分の力でみんなを守ってみたいと思った。

 何か言おうとするギアをシモンが止めた。パチンと指を鳴らすと、床から現れた銀色に輝く鎖が、アニエスの体を拘束する。アニエスは鎖を引きちぎろうと暴れていた。


「何か算段があるんですね」


 はいと頷くと、シモンはモコモットたちを呼び寄せた。


「みんな、おいで。歌であの子の苦しみを、和らげてあげて」


 モコモットたちは了解! といったように鳴くと、舞い上がって綺麗なハーモニーを奏で始める。


 ジタバタと暴れていたアニエスが、少し大人しくなった。わたしはそのまま、アニエスの元まで足を進める。彼女の目の前に立つと、その頬を両手で包み込んだ。


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