アニエスの怒り


「その女は嘘をついているのよ!」


「!」


 見上げれば、肩を怒らせたアニエスが講堂の入り口に立っていた。お継母様とアニエスには外で待っているように伝えていたけれど……どうやら彼女はこっそりとわたしたちの話を聞いていたらしい。瞳の中に憤怒の炎を燃やしながら、こちらへ向かって歩いてくる。


「お義姉様の嘘つき! 卑しいあんたなんかが、貴族の血を引いているわけないじゃない!」


 アニエスはわたしの目の前までやってくると、みんなに聞こえるように大きな声で言った。


「私は聖女様に聞いたのよ。お義姉様がこの、神獣を盗んだって!」


「!」


 そう言ってアニエスはルルを指さした。神獣って……ルルのことだよね?

 予想外の言葉に、みんなポカンとしている。


「聖女様に神様のお告げを持ってきた神獣が、いなくなってしまったの。隣国へ逃げる際、お義姉様が盗んでいったんだって、聖女様が言ってたのよ!」


 荒唐無稽な主張で、流石のわたしもパニックにはならなかった。


「待って、アニエス。わたし、ルルとは森で出会ったんだよ。盗んでなんかいないよ」


 そういえばアルーダ国の聖女の伝承にも、ウサギのような生き物がお告げを持って聖女の元にやって来たってあったっけ。あれってカーバンクルのことだったのか。ただ単にウサギのような生き物、としか聞いてこなかったから、気づかなかった……。


「ルルはわたしを助けてくれたの。魔物の森で一人ぼっちだったわたしを、グランタニアまで連れて来てくれた──」


「嘘! そんなの、嘘!」


 アニエスはわたしの話を遮った。その癇癪を起こしたような話し方に、レイリア家でいじめられていた時のことが思い起こされる。わたし、そうやって何度もアニエスに嘘の罪を被せられて、周りの信頼を失っていったんだ。いや、失っていったと言うよりも、わたしを蔑むあの家では、わたしに対する信用などなかったも同然だったのだろう。だって今ここにいるみんなは、アニエスの話を眉を潜めて聞いているもの。わたしが積み上げてきた揺るぎない信頼が、ちゃんとこの状況に現れている。


「ね? みんなもそう思うでしょ?」


 アニエスはまるでアルーダ国にいたときのように、にっこりと愛想よく笑ってそう言った。けれど誰も反応しないどころか、警戒したようにアニエスを見つめている。ここはグランタニアだ。アニエスの常識はもう通じない。その様子にやっと違和感を覚えたのか、アニエスはムッとしたような顔でルルに手を伸ばした。


「あなた、お義姉様に拐かされたのよね? そうでしょ? だって神聖な生き物が、お義姉様みたいな人に懐くわけな──」


「シャーッ!」


「きゃあっ!?」


 ルルは全身の毛を逆立てて、アニエスに噛みついた。今までにないほどの怒りをルルから感じて、わたしは慌ててルルを抱きしめる。


「ルル、やめて! 噛んじゃダメ!」


「な、何するのよこのケダモノがっ!」


 アニエスが手を振りかぶった。ルルを叩くつもりだ。わたしは慌てて、ルルを抱っこしながら一歩後ろにひいた。なんとかギリギリのところで回避する。

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