証人
「おとう、様……」
心のどこかでは、そうであって欲しくないと願っていたのだ。お母様がただ、本当に望まれてお父様と結婚していればと。
「お父様……なぜお母様を!」
怒りと悲しみ、ショックが入り混じった複雑な感情で、頭の中がごちゃごちゃになる。
「……どうしてだい、クーナ? 君のお母様の名は、エレナだろう!」
「いいえお父様。あなたはご存知のはずです。証拠に、この天秤が傾いたではありませんか」
「私が……私が人身売買に関わったなどと」
「わたし、人身売買だなんて一言も言ってません」
「!」
焦れば焦るほど、お父様はボロを出していく。イングリットさんが勢い余って立ち上がる気配がした。それを隣に座っていたレアが、なんとか抑える。イングリットさんの目には、壮絶な怒りの炎が宿っていた。お願い、今だけは堪えて! と必死にレアが宥める。
「こんな天秤がなんだと言うんだ? 蛇の皿が傾いたくらいで……」
「おっと、それに関しては、ギルドマスターである私が保証しますよ」
緊張した空気の中に、ゆったりとしたシモンの声が聞こえてきた。
「私は鑑定眼を持つ、国が認めた鑑定士です。このアイテムは大魔術師オルキスの遺した古のマジックアイテムだ。効果は嘘を見抜くこと。私が言うのですから間違いないでしょう」
「何をっ……!」
「クーナ、証拠は取れました。もう下がって大丈夫ですよ」
体から力が抜ける。シモンとギアがわたしを庇うように前に立った。
「……百歩譲って、亜人の売買がなんだ? アルーダでは違法でもなんでもない」
「ここはグランタニアだ。あんたは、自分がとんでもない大罪を犯したことに気づいてないのか?」
グランタニアで起こった事件は、全てグランタニア法で裁かれる。お母様はグランタニア出身だ。この事件は間違いなく、この国で裁かれることになる。
「ふん、だからどうした」
お父様は往生際悪く、言った。
「この天秤が傾いたなど、誰が証言する? お前たちの証言など、価値のないものじゃないか」
「ギルドマスターと杖騎士団の団長の証言でも、十分に重いものとなりますが」
シモンがわたしを見た。ここまで来たら、最後まで戦わないといけないだろう。
「お父様。わたしは今日ここに、わたしと縁のある方を呼びました」
「縁……?」
「いい縁も、悪い縁も、いろんなものがあったけれど……それでもこれは、わたしが自分自身の力で見つけた、宝物です」
そう言うと、講堂の後ろに立っていたアレスがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
階段を歩く途中で、その姿は幻獣グリフォンへと変わっていく。
「っ!? なんだあれは!?」
お父様はギョッとしたように後ずさった。アレスはわたしの隣まで来ると、その顔をわたしに擦りつける。
「ごめんなさい、アレス。早速あの羽を使ってしまって……」
「何、大切な友人のためだ。羽ならまたやろう」
それよりも、とアレスはお父様を見た。
「この男はどうも、大変なことをしでかしたようだな」
「ひっ!?」
お父様は後ずさる。
「お前の状況はよく分かった。このアレスオールが証人となろう」
あたたかい羽毛が気持ちいい。それにほっとしていると、お父様がアレスを指さして叫んだ。
「そんな気持ちの悪い生き物がなんだと言うんだっ!」
「……お父様、そのようにアレスを貶すのはおやめください。アレスはわたしの友人です」
「っ人間でもない、亜人でもない、こんな化け物が証人? 笑わせるな」
お父様がそう言った途端、弾かれたようにレアが立ち上がった。
「だとしたら、あたしたちも証人になるわ!」
「っ?」
「……リュシア公爵代行、イングリット・リュシアが証人となります」
「レア・リュシアも右にならうわ」
二人の怒りに気圧されて、お父様は息を呑んだ。
「リュシア……まさか……」
イングリットさんは震えていた。レアが倒れないようにそれを支えている。
「……あなたのお話は、あとで詳しく伺いましょう」
イングリットさんは、ぎり、と歯を噛んでそう言った。
「全ては、クーナさんの戦いが終わってからよ」
そう言って、講堂の後ろに座っていた初老の男性を見た。全員の視線が、その男性に向く。
男性は頷くと、ゆっくり立ち上がった。コツコツとした革靴の音が、講堂に響く。こちらへゆったりと歩いてくる姿は、まるで講義の先生のようだ。
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