真実の秤

 私は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、真っ直ぐにお父様を見た。


「何度も言っていますが、わたしはアルーダ国に帰るつもりはありません」


 そう言うと、お父様は目を細めた。


「それでは、なんのために私をここへ呼んだんだい?」


「わたしは、あなたに聞きたいことがあるんです」


 ポケットの中に手をいれる。それはじんわりと温かくて、わたしの冷え切った指を温めてくれた。


「わたしを本当に愛しているのなら。嘘をつかずに、わたしの問に答えてください」


「……何を聞きたいのかしれないが。もちろん答えるさ。クーナを愛しているからね」


 そう言われ、わたしは目を伏せると、ポケットの中にあった天秤を取り出した。


 ──真実の秤。


 真ん中にはスラちゃんの魔水晶が嵌められている。そのためか、全体が魔力でうっすらと輝いていた。天秤の右の皿には「真実」を表す剣が。左の皿には「虚偽」を表す蛇の細工が彫られている。


「……それは?」


「真実の秤といいます。この秤の前では、何者も嘘を着くことはできないのだそうです」


「……」


 お父様は少し警戒していたけれど、わたしが大した質問をしないと踏んだのだろう。軽く肩をすくめて、わたしを見た。


「誓うさ。もちろん。クーナの疑問になら、なんだって答えてみせる。ちゃんと説明だってする」


「……そうですか。でも結構です。あなたから聞く言葉は、ただ一つだけですから」


 もっと言うのなら、わたしが欲しいのは暴いたその先にあるものだ。

 けれど直前になって、わたしは緊張で口が開かなくなった。もしも本当にわたしの仮説があっているとしたら……。あまりにも残酷な真実に、わたしは耐えられるのだろうか。


 今更怖気づいても仕方ないのに、体が震える。するとギアのあたたかい手が、わたしの天秤を持つ手にそっと添えられた。ギアを見れば、小さく頷く。


 ──一緒にいるから。


 そう囁かれて、ようやくわたしは覚悟を決めた。


「お父様」


 心のどこかでは、違うと言って、とそう思っていた。


「何を聞きたいんだい? 早くこのくだらない茶番を終わらせて、家に帰ろう」


 ぎゅ、と天秤を握る。


「真実の秤に誓って答えてください」


 脳裏に金色の花が浮かんだ。あの美しい光が、わたしを守ってくれている。



「わたしのお母様の真実の名は──アトランシア・リュシアですか?」



 お父様の目が、驚愕に見開かれた。


 ──なぜこの結論へと至ったのかといえば、いくつか理由がある。わたしはなぜか、イングリットさんにお母様の面影を重ねていた。ただ単に髪の色や目の色などが似通っていただけではない。十年前に亡くなったお母様と、顔立ちや背丈まで、本当にそっくりだったからだ。


 そして地底魚に飲み込まれたあの日。わたしはお母様の夢を見た。そこでお母様は言ったのだ。自分の本当の名前は違うのだと。そしてまた、イングリットさんも十六年前に消えた姉を探しているのだと、そう言った。名前自体は聞かなかったけれど、花の名前だと言っていた。あの夢の中で咲いていたのも、地底魚のお腹の中でわたしを導いてくれたのも。あの、黄金の花だった。


 ギアが教えてくれた花言葉が引き鉄となって、まるで点と点が繋がるみたいにして、わたしはその可能性に気がついた。


 ──アトランシアの花言葉は、『あなたを見守る』なんだ。


 そう言われてやっと思い出したのだ。地底魚の中で見たあの夢で、お母様が告げた名前を。

 わたしが人身売買の組織に攫われそうになった時。わたしを攫おうとしたあの男は、もう十年以上前の話になるが、若い白狼族の女をアルーダ国に売ったことがあると言っていた。

 もしもそれが本当だとすれば、全てに説明がつく。お父様とお母様は愛で結ばれたわけじゃない。


 お父様は、お母様を買ったのだ。あの人身売買の組織から。


 講堂にいたみんなの視線が、天秤に注がれた。

 天秤は眩く輝き、ゆっくりと皿が震え始める。キィィイインと甲高い音が講堂に響いた。


「……っ! 違う! 私はそんな名前、知らないっ!」


 わたしは強い光を発する天秤を掲げた。お父様の言葉を聞き届けた天秤は、ゆっくりと傾き始める。誰もが息を呑んでその様子を見守った。


 そして天秤は傾く。


 

 ──蛇の小皿へと。



 「知らない」が嘘だと言うのなら。

 真実の答えは「知っている」になる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る