その花の花言葉は

 わたしが魔水晶を眺めていると、ギアが呟くように言った。


「それにしても、君はすごい運の持ち主だな」


「そうでしょうか」


「ああ、この国にきた時からそうだ。まるで、神に守られているような、そんな気がするよ」


「……流石に大袈裟ですよ」


 そう言って苦笑すれば、ギアは大真面目な顔でわたしを見た。


「クーナ、そうとも言えないぞ」


「え?」


 ギアはあたり一面に咲く黄金の花を見て、言った。


「この状況を見たら、そう思わずにはいられないんだ。だってクーナ、知ってるか? アトランシアの花言葉は──」


 強い風が吹いた。風に乗って、黄金の花びらが夜空に舞い上がっていく。

 ギアのその言葉を聞いた途端、わたしの頭に、強い衝撃が走った。




 ──だから私、探しているの。姉さんに絶対にまた会えるって、信じて。


 ──クーナ、あのね。お母様はね、本当は名前がもう一つあるの。


 ──もう十年以上前の話になるが、若い白狼族の女をアルーダ国に売ったことがあった。嬢ちゃんも、その時の女によく似てるな。


 ──花の名前なの。姉さんの名前。とっても美しかった。


 ──いつか、もっと遠い未来かもしれないけれど……この名を聞けば誰かが助けてくれるかもしれない。今すぐじゃなくていい。だからどうか、この名前を遠い未来で、思い出して。





 クーナ、お母様の本当の名前は──。





 繋がる。

 モンスターと人が。物と人が。人と人が。

 銀色の縁によって、結ばれていく──。







「クーナ?」


 衝撃でしばらく固まっていたわたしの顔をギアが覗き込んだ。

 わたしは今考えたことをなんとか整理してから、静かにギアに告げた。


「……ギア」


「どうした?」


「……逃げるの、ちょっと待ってくれませんか」


「……なぜ?」


「わたし、考えたことがあるんです」


 心に浮かんだままの言葉をギアに伝えれば、彼は黙りこんだ。到底、すぐに理解できることではなかったのだろう。本当のことを言うと、わたしも今気づいたわけではないのだと思う。心のどこかでは、ずっと考えていたのかもしれない。お母様とイングリットさんの関係について。


「クーナ……まさか」


 ギアは緊張したようにわたしを見る。わたしも脈が早くなり、頭がキーンと痛んでいた。


「逃げる前に、一度だけでいいんです」


 お父様と戦える可能性があるものが、一つ出てきた。

 本当にうまくいくかはわからない。その仮説が正しいのかも。


「わたしに、戦わせてください」


 けれど、やってみる価値はある。一人じゃきっと無理だ。でも、わたしはこの街にきて学んだ。

 一人では無理なことも、仲間がいれば乗り切れる。もう一人で飛び出したりしない。

 わたしは深呼吸をして、ギアの目を見た。


「わたしを助けてくれませんか」


 緊張して、喉がカラカラになっている。


「失敗したら、そのまま逃げます」


 今までは、助けてと言わなくてもみんなが手を差し伸べてくれた。でもわたしは、自分から助けてと言えるようになった。みんなを心から信頼しているから。そして今、わたしはさらに次のステップへ足を進めようとしている。

考え込んでいたギアがふと笑った。


「任せろ。シューティングスターに追いつける奴はいない」


 その答えに、わたしも思わず笑顔になる。


「分かったよ。君のその作戦、試してみる価値はあるかもしれない」


「!」


「協力しよう」


「ありがとうございます!」


 ぺこっと頭を下げると、ギアは頷いた。


「すぐにシモンたちに連絡しよう。ただし、絶対に無理はしないでくれ」


 ギアに肩をつかまれて、わたしは深く頷いた。

 分かっている。もう一人で無茶はしない。一人でもがくことだけが強さではないと、分かったから。今度はみんなで一緒に戦おう。


 ──たとえ失敗しても、結果だけが全てではない。そこへ至るまでに歩き続けた道のりを、きっと人は強さと呼ぶのだ。


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