第5章 夏祭り

お祭り


「クーナちゃん、こっちビールもう一杯!」


「クーナちゃん、お肉追加して~」


「はい! 今行きます!」


 ──夏のお祭りが始まった。


 わたしは喫茶店で使用するエプロンをつけて、あちらこちらを駆け回っていた。喫茶店と違い、ヤンさんのお店はお酒も出すから大変だ。夕方になるともうすでにみんな出来上がっていて、賑やかな音楽と人々の声で、ギルドの前に作ったスペースはいっぱいになっていた。


「ルル、これ三番のテーブルに持っていって!」


「る、るぅん……」


「いいから早く! 食べないの!」


 ルルたちもヤンさんのお店の人たちにうまく使われていた。ヤンさんのお店には厳しい店員さんが多いから、なかなか目を盗んで食べるということができないようだった。

 ふふ。普段食べ過ぎだから、今日くらいは手伝ってもらわないとね!


「ふー、繁盛してるわね!」


 汗を拭って、ルーリーがスペースを見回した。

 ワイワイ、ガヤガヤと老若男女たくさんの人たちが楽しそうに飲み食いしている。


「クーナちゃん、相変わらず可愛いねぇ」


 酔っぱらった男性陣が、わたしとルーリーに声をかけてくる。


「いつ見てもクーナちゃんは可愛い。癒し!」


 ベロベロに酔っぱらって、謎にわたしを褒め始める。


「クーナちゃん、最近さらに可愛くなってきたから、余計な男が寄り付かないか心配だぜ」


「おいやめろ、クーナちゃんはみんなのクーナちゃんだ」


「クーナちゃんの恋人になろうなんて奴は、この街の男全員の審査を通らねぇと」


 うんうんと酔っぱらった彼らは言う。


「あんたらねぇ、なにクーちゃんの保護者面してるのよ! クーちゃんは自分の彼氏ぐらい自分で決めます!」


「おお、ルーリー、綺麗な顔が台無しだぜ」


「あら、そんなこと言ってもマケませんよ?」


「ちぇっ」


 ドッと笑いがわいた。忙しかったけれど、祭りの雰囲気に飲み込まれて、なんだかわたしまで気分が上がってしまった。

 お肉の焼ける匂い。お酒の香り。笑い声や楽器の音。

 こんなに賑やかなのはいつぶりだろうか?

 アルーダ国にいた頃は、きっとこんな体験できなかった。

 夕日とキラキラ輝き始めた街を眺めながら、幸せだなぁと改めて思う。


「むっぴー!」


 空を見上げれば、モコモットたちが必死に荷物を運んでいた。

 それを見たお客さんたちがニヤニヤと笑って言う。


「あいつら、ルーリーとダンが甘やかして、普段マスコット的に店でくっちゃ寝してるだけだったもんなぁ」


「ホオズキ亭なんか、怖い女しかいねぇし」


「酔っぱらった男どもを、女たちが素手で外へ放り出すからな!」


「ホオズキ亭だったらマスコットどころか、鳥の丸焼きにされてたんじゃないか?」


「あんたら、今なんか言ったかい?」


「「「言ってないです」」」


 ……相当ホオズキ亭の店員さんたちは怖いようだ。

 強面の冒険者さんたちが恐縮する姿が面白くて、笑ってしまったのだった。



「おー、やってるねぇ」


 すっかり日も暮れた頃にやってきたのは、ルージュさんたち女性パーティだった。


「いらっしゃいませ」


「クーナちゃん、お疲れ様!」


「ルージュさんたちも、お疲れさまです。今日のダンジョンはどうでした?」


「ああもう最高! 稼いだお金でアーマーを強化するわよあたし」


 席に案内していると、ステラさんに抱きつかれる。


「ふわっ!」


「ああんもう、クーナちゃん可愛い……なんでこんなにふわふわなの」


「「ふわふわー!」」


 マイマイとムイムイが飛び回ってわたしに抱きつく。


「もう酔っぱらってません?」


 まだ飲んでないのに……。


「もう、やめなってバカ」


 ルージュさんが三人を引き剥がしてくれた。

 席に案内して注文を取ると、わたしは注文内容を伝えに厨房へ向かった。


「クーナさん!」


「?」


 ヤンさんに注文を伝えた後、マキちゃんがこちらへやってきた。


「クーナさん、あの、私さっきクーナさんのことを探してるって人に会ったんですけど」


「えっ?」


 一体誰だろう?


「街の人ですか?」


「うーん。それがちょっと、様子が変なんです」


「変?」


「はい。どうもこの街の住人じゃなかったみたいで。私たちよりも少し年下の女の子でした。この街じゃ滅多に見ないような派手で高価そうな服を着ていたので、間違いなく身分のある人だと思います」


 一体誰だろう? レアとイングリットさんかも? と思ったけれど、彼女たちはそもそもわたしの勤め先を知っているし、それはないだろう。


「私の印象なんですけど。なぁんかこの街のこと、すごく嫌がっているみたいで。怪しかったし、知らないふりしちゃったんですよ、私」


「な、なるほど……」


「もし心当たりがあったら、ごめんなさい」


「いえ、全然ないです」


 わたしたちは顔を見合わせて、眉を寄せた。

 一体誰なんだろう……?

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