モフリシャス 後編


 レアに体を丸洗いされた。それはもう丁寧に。


「あんた貧相な体してるわね! ちゃんとごはん食べてるの?」


「……」


 な、なんでこんなことになっちゃったのか。わたし達は湯船に浸かっていた。モフリシャスのおかげか、耳やしっぽからすごくいい香りがする。


「……食べてます。前はちょっと、アレでしたけど」


「敬語なんか使わなくていいわよ。アレってなに? 腰を締め付けたり、足の形が変わっちゃったりするような、そういうものを身につけるような暮らしをしてたってこと?」


「!」


 やっぱり見られてた。というか、裸になって気づかないわけないか。


「……不躾でごめん。でもあたし、どうしてだかあんたのことが気になって仕方ないんだ。会った時からずっと。なんでだろうね」


 レアは冷たい水にタオルを浸して、頭においた。


「……ちょっと見ればわかることだから、大丈夫」


 わたしも不思議と、初めて会った時から、レアやイングリットさんにはそんなに悪い印象は抱かなかった。


「あんた、人間の、それも獣人に対する理解のない貴族の家ででも、育ったの?」


 レアはちら、とわたしを見た。


「もう今は流行ってないけど、人間は昔、腰が細い方が魅力的だとかなんだとか言って、健康被害が出ているのにもかかわらず、コルセットで腰を締め上げていたと聞くわ」


 残念ながら、アルーダ国の女性は今もそうだ。


「でも獣人は臓器の位置が人間とは異なるから、そのようなもので体を締め上げると、健康に影響が出るわ。……あんたみたいに、痩せっぽっちで、華奢な体になってしまう」


「……白狼族にとって、華奢なのは悪いこと?」


「いいえ。体型なんてどうだっていいわ。健康ならね」


 レアはそう言って自分をさした。


「あたしだって、そんなに大きくないもの。でも健康だからそれでいいわけ」


 確かに。


「こう見えても、親族一足が早いのよあたし」


 そう言ってレアはカラカラと笑った。


「でもね、獣人の中には、亜人だと蔑まれて、その健康さえ取り上げられている人がいる。あたし、そういうのが許せないの。あたしも昔病弱だったからよくわかる。自分の体を、自分の人生を好きにできないなんて、そんなのいや。本当は健康なのに無理やりそれすら取り上げられて、自分の人生を好きに生きられないなんて、あたしは許せない」


 その言葉はわたしの心に突き刺さった。


「あたしの一族はね、そういう獣人たちを見つけては、助けてきたのよ」


 そう言って、レアは蜂蜜色の瞳をわたしに向けた。

 ……きっと、わたしのように育つ獣人は、この世界に少なくないほどいるのだろう。


「あんた、なんでもいいから困ったことがあったらあたしたちに相談しなさいよ」


「……ありがとう」


 わたしは少し笑って、お風呂から上がった。


「のぼせてきちゃったから、先に出るね」


「ドライヤーで乾かしたら、凄いことになるわよ!」


 そう言って、レアはウィンクした。わたしは半信半疑で体を拭いて、備え付けられていた魔道具で髪としっぽを乾かした。鏡をぼんやりと見ながら、考えてみる。


 ──わたしの育った環境は、やはりおかしかったということ。

 わたしはもしかしたら『健康に育つ』という、人として当然の権利さえ奪われてしまっていたのかもしれない。思っていた以上に、レイリア家は最悪だったのだ。


 わたしがまだ気づいていないだけで、もっと取り上げられていたものが出てくるかもしれない。

 無関心な父。意地悪な継母と、義妹。

 わたしが彼らに取り上げられたものは、他に何があるのだろう……。


「ん?」


 ぼうっとしていると、しっぽはすっかり乾いていた。さて、どうなったかなと後ろを振り返って確認してみる。


「んん!?」


 な、何これ……!

 しっぽがふわふわのサラサラに。あれだけしょぼくれていたのに、今はボリューミィになっていた。自分でモフモフして、感動してしまう。耳もフワッフワになっている。

 シャンプーを変えるだけで、こんなに違うものなのか……。


「モフリシャス……!」


 鏡の前で思う存分モフモフしてから、わたしは自然とそう呟いたのだった。

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