モフリシャス 前編
「こっちこっち!」
わたしはレアとイングリットさんに導かれ、彼女らが滞在しているという宿屋に行くことになった。しっぽの毛をふわふわにしたいというわたしのしょうもない質問に、レアはなぜか大喜びで「いいものがあるから!」と部屋に招待してくれることになったのだ。
「え、ここにずっと泊まってるんですか……?」
二人が連泊しているという宿屋に到着。さすが貴族というだけあって、滞在している宿屋も相当値段の張りそうな場所だった。宿屋というよりも、豪邸に見える……。
「獣人は特にセキュリティには気をつけた方がいいわ。クーナさんのお家は大丈夫?」
わたしがポカンとして宿屋を見ていると、イングリットさんがそう説明してくれた。
「わ、わたしはシモンが用意してくれた部屋に住んでいるので大丈夫です」
「それなら安心ね」
そうなのだ。基本的にドロボーとか入ってこないようになっているのがありがたい。
「さ、早く行きましょ!」
レアはしっぽを振ってぐいぐいとわたしを部屋に連れて行った。
「ふわぁ……!」
部屋はダンジョンを一望できる、めちゃくちゃいい場所にあった。壁いっぱいにガラスが張られていて、そこから街の景色を一望できる。
「クーナさん、何か飲む?」
「あ、お構いなく……」
人様のスペースにお邪魔してしまい申し訳ないと思っていたけれど、イングリットさんはニコニコと備え付けのキッチンでお茶を入れてくれた。
「お母様、だめ! 先にお風呂だから!」
「あら、そうなの?」
へへへ、と不気味な笑みを浮かべたレアが、何かを持ってやってくる。
「あんた、しっぽの毛をモッフモフにしたいんでしょ? このしっぽの秘密が知りたいんでしょ?」
ごく、と唾を飲んで、わたしは頷いた。
「し、知りたいです……!」
洗い方に何かコツが!?
レアはふふ、と笑ったあと、得意げに言った。
「そりゃあ獣人と人間とではそもそも毛質が全然違うもの。ふわふわを保つためには、しっぽと耳専用のケア用品が必要なのよ」
「せ、専用のケア商品……?」
「そうよ。うちの商会が扱っている主力商品の一つ。研究に研究を重ね、獣人族の毛質にぴったりの成分配合を叶えた、魔法の商品……」
「な、なんですか!?」
「その名も、しっぽケアシャンプー『モフリシャス』よ!」
バーン! とレアはわたしに綺麗な液体の入ったガラス瓶を見せた。
「さあ、リピートアフターミー! 『モフリシャス』!!」
「え?」
「早く!」
「も、モフリシャス……?」
「モフモフになりたくないの!? もっと元気に!!」
「も、モフリシャス!!」
大きな声で叫んで、ようやく合格をもらえた。何これ……?
「ふふ。このシャンプーでしっぽを洗えば、極上のモフモフになるんだから! 今はあたしが言わせたけどね。あんたはお風呂から上がったら自分からそう叫んじゃうわよ」
「?」
レアのよくわからないノリに若干ついていけない。
「ごめんねクーナさん。レア、あれが初めて自分が開発と流通に関わった商品で、思い入れも深いのよ」
そう言ってイングリットさんはため息を吐いた。
「まあでも、確かに売れているから、いい物だというのは確かなの……」
そう話している間に、レアがわたしの手を取った。
「さ、お風呂はあっちよ」
「え?」
「だからお風呂あっち」
お風呂?
今お風呂に入るってこと?
「わたしがモッフモフにしてあげるから」
「!? ひゃー!?」
こうしてわたしはモフリシャスされることになった。
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