クーナちゃんを口説くだと?


「お姉さん、注文いい?」


「はいっ」


 いつもどおりの日常が戻ってきた。

 喫茶店『銀のリボン』で働くわたしは、銀色のリボンマークが縫い込まれた白いエプロンを着て、首元に狼の模様の入った青いブローチをつけて、今日も働いている。


 けれど最近、何だか見慣れないお客さんが増えてきた気がする。本日もいつもより店内は混雑していて、常連さんもいれば、この辺りでは見かけないような、質の良さそうな服を着た人もいた。


「お待たせいたしました」


 注文票を持って、お客さんのところへ出向く。この人も見たことのない男性だ。


「へえ、珍しいね。君、亜人なのに結構綺麗だ。身なりもいいし」


「は?」


 一瞬、思考が停止した。人間以外の種族を亜人と呼ぶのは、この国では差別とされ、みんな口にしない。わたしは心の中で、どうしても説明が必要な時だけその言葉を思い浮かべるけれど、絶対に人には言わないようにしている。


「ふぅん。人間以外の種族もいて、不快だと思っていたけど。君みたいに綺麗な子だったら、侍らすのも悪くはないかもね」


 ジロジロと全身を舐め回すように見られて、鳥肌が立った。この独特な人を見下す感じ。よく覚えがある。そうやって、人間だけを特別だと考える亜人史上主義者は……。


「アルーダ国の人……?」


 思わず、心の声が漏れてしまった。

 は、と口を押さえた時にはもう遅く、男性はピクリと眉を動かした。


「へえ。獣のくせに、そういうことも分かるんだ。結構賢いんだね、亜人って」


 やっぱりそうだ。この人、アルーダから来たんだ。


「君こそ、どこに住んでるの?」


「あの、ご注文は……?」


 いくらアルーダから来たとはいえ、今はこの人だけにかまっているわけにはいかない。不愉快な言葉をわたしにぶつけているけれど、客は客だ。


「ああ、コーヒー一杯。それで? どこで飼われてるの?」


「……」


 久々に浴びる差別的な言葉。言い返そうにも上手く口が動かなかった。

 アルバートさんのことも蘇る。身分のいい男の人は怖い。


「あんまり話せない子なのかな。ねえ、僕の世話係にならない?」


 は?


「こんなところで働かなくても、楽しい思い、いっぱいさせてあげるよ」


 突然そんなことを言われて、ぽかんとする。


「あの……」


「どう? 君、こんな野蛮なところで働いているくらいだから、生活に困ってるんでしょ? もうすぐ夏の祭りもあるし、僕のそばにいれば楽しいんじゃないかな」


 怖かったけど、銀のリボンのことを貶されて、ムッとしてしまった。

 ここは野蛮なところじゃないし、別に生活に困ってるわけでもない。

 アルーダから来た、という事実に恐怖しか感じていなかったけど、ようやく怒りが湧いてきた。

みんなのことを悪く言うなんて、許せない。マゴマゴしてちゃダメだ、言い返さないと。


 深呼吸をする。いい加減にしてください、と言おうとした時。野太い声が後ろから聞こえてきた。


「どこの誰が野蛮だって?」


「っ」


「もしかして、俺らのギルドの悪口を言ってるんじゃなかろうな」


 そこにいたのは、ムッキムキの冒険者さん達だった。

 ルージュさん達女性の冒険者さんもいる。


「うちのお姫様を口説こうなんて、百万年早いのよ!」


 バキバキ、ゴキゴキと指を鳴らした冒険者さん達が、男性を囲んだ。

 男性は真っ青になって、いや、と手を振っている。


「そんなつもりは……」


「クーナちゃんはみんなの天使!」


「ウルセェ虫は、俺らが駆除することになってんだ」


 そう言うと、男性はヒィと情けない声を出して、喫茶店から逃げ出してしまった。

 それを見ていた他の常連さん達が、目を瞬かせる。


「全く、祭りの影響か、最近おかしな奴が増えてきてるわねぇ」


 ルージュさんがため息をつく。

 わたしはほっとして、腰が抜けそうになってしまったのだった。

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