真実の秤


 ダンジョンから帰還して、数日が経った。

 あれからわたしはよほど疲れていたのか、喫茶店での仕事も休み、部屋でひたすら眠っていた。

 自分の想像以上に疲労が溜まっていることもあるので、これからも気をつけた方が良さそうだ。

特に今は、だんだん暑くなってきて、バテる頃らしいし……。


「それにしても暑い……」


 ベッドで横になりながら、わたしはじっとりと汗ばんだ頬を拭った。原因は明確だ。


「そんなに引っ付かなくても……」


 モフモフ達がぴっちりとわたしの体にひっついているのだ。

 冬はモフモフ布団であったかいかもしれないけど、今は暑い……。


「る」


 ルルはわたしの胸の上で丸まっていた。

 それから前足でちょいちょいとわたしの唇を叩く。


「……ごめんってば」


 ルル、わたしが一人で湖に突っ込んでいっちゃったこと、かなり怒っているみたい。こうやって、わたしを寝苦しくして、抗議するのだ。


「もうしないよ。ルルも大事だし、リリもピピもララも、みんな同じように大切だから」


「……るぅ」


 ルルは仕方ないといったように、ため息を吐いた。

 首のところをもしゃもしゃしてあげると、ちょっとだけ気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 そういえば、アレスは元気かなぁ。羽をもらったけど、彼ともう一度会うことはあるのだろうか。


「ピュー」


「ん?」


 横を向けば、ピピが何かを突っついて遊んでいた。


「あ……」


 そこにあったのは、金色の天秤。

 アレスと一緒に異空間へ行ったときにゲットした、マジックアイテムだ。


「あの時のことは、夢だったのかなぁ?」


 あの魚の胃袋にいた時、この天秤が核まで導いてくれたのだ。


「……」


 じっと天秤を見ても、何も起こらない。これ、どういう効果のあるアイテムなんだろう?


「……シモンのところに行って、聞いてみよう」


 天秤を握ると、わたしは起き上がった。



 わたしはいつものように、ギルドマスターの執務室に出向いた。

 ドアをノックしようとすれば、何やら、中から荒ぶった声が聞こえてきた。


「だったら、クーナは……じゃねぇのかよ」


 キリクさんの、怒ったような声。あれ、わたしの話……?

 ギアの声も聞こえてくる。


「まだわからない。今の段階で引きずり出せた情報がそれだったというだけだ。アルバート・ベルタが言うには……」


 嫌な名前が聞こえてくる。一体何の話をしているのだろう。


「それじゃあ、まさかリュシアのとこの嬢様方が来たのは……」


「ああ、確かめに来たのかもしれない」


 一体、何を? レアとイングリットさんはお仕事と観光を兼ねてこの街に来たって、言っていたけれど……。立ち聞きしちゃいけないってわかってるのに、体がうまく動かない。

 中で、何かとても重要な話をしているのは確かだ。


「つまり、お前が言いたいのは」


「待ってください」


 シモンが二人を止めた。それからドアが開く音。


「あ……」


 バッチリ、シモンと目があってしまった。


「クーナ?」


 ぎょっとしたような顔でギアとキリクさんがこちらを見た。


「やあ、どうしたんです?」


「あの、わたし、その……」


 今、なんの話をしていたんですか?

 本当はそう聞きたかったけれど、なんとなく口に出すのが憚られて、本来の目的を告げた。


「シモンに鑑定してほしいアイテムがあって……」


「なるほど」


「忙しかったですよね?」


 ヘラヘラ笑って、立ち聞きしていたことを誤魔化す。


「いいえ、大丈夫ですよ」


 シモンは笑って首を横に振った。


「さあ、お菓子もありますから、中へどうぞ」


 そう言われて部屋に入ったけれど、結局、先ほどの話の続きはしてくれなかった。

 どうもこの三人には、何かわたしには聞かれてはいけない、秘密があるみたいだ。



「わ、綺麗な天秤ですね」


 ギルドマスターの執務室。ギアとキリクさんは用事が済んだらしく、すでに退室していた。

 さっきの話は気になったものの、なんとなく聞いてはいけないような気がして、結局聞かなかった。その代わり、ダンジョンでのことを改めてシモンと話していた。このマジックアイテムがどういう効果があるのかも、先程の話と同じくらい興味がある。


「異空間で拾ったマジックアイテムなんて、鑑定しがいがありますね」


 シモンはワクワクしたように、ローテーブルの上に置かれた天秤を見た。


「鑑定してみますか?」


「はい、よろしくお願いします」


 ぺこ、と頭を下げれば、シモンは頷いて天秤を見つめた。灰色だった瞳が、金色に変化する。


「さて、と。お宝だといいですねー」


 金色に輝く瞳でじっと天秤を見つめ、しばらくしてからほう、と感心したような声を上げた。


「アイテム名は……」


 まるで図鑑の説明文を読み上げるかのように、シモンは天秤の情報を言い並べた。


『真実の秤』


 大魔術師オルキスの遺したマジックアイテムの一つ。

 濁りなき魔水晶一つを代償に、対象人物のどんな嘘も見抜くことができる。


「真実の、秤……」


 シモンの説明を聞いて、思わずパチパチと目を瞬かせる。嘘を見抜く力のあるマジックアイテムなんて、聞いたことがない。シモンの目が灰色に戻った。


「すごいお宝じゃないですか、クーナ。大魔術師オルキスというのは、銀狼王の守護者のうちの一人ですよ」


「そ、そうなんですか!?」


 びっくりして耳としっぽがぴょこんと立った。

 その昔、まだグランタニアという国もなかった頃。この世界は魔王と呼ばれる邪悪な生命体が生み出す瘴気によって、人も住めない荒れ果てた土地となっていた。そんな魔王を討伐したのが、後に銀狼王と呼ばれる一人の青年と、四人の守護者たちだ。

 大魔術師オルキスというのは、どうやらその守護者のうちの一人らしい。


「で、伝説に出てくる人が残したマジックアイテムなんて、わたしが持っていてもいいんでしょうか……?」


 そんな貴重なものをポケットに突っ込んだりしていたのかと、震えてしまった。


「確かに、喉から手が出るほど欲しい人は多いでしょうけど……でも、手に入れたのは君ですからね。好きにしていいんじゃないかな」


 そ、そうなんだ……。でももう、ポケットに突っ込むのは絶対やめよう。


「嘘を見抜く力があるなんて、なんだかすごいです」


「確かに、複雑な魔術がかけられているようです。ただ、あまりにも複雑なゆえに、この魔術を発動するには莫大なエネルギーが必要となるみたいですね」


「莫大なエネルギー……」


 そういえば「濁りなき魔水晶一つを代償に」って言ってたっけ。


「普通の魔水晶ならいくらでもありますけどねぇ。濁りのない、最高純度の魔水晶は、かなり入手しにくいですよ」


 シモンの呟きを聞きながら、わたしはふと、魔水晶という単語について、どこかで誰かと話したような気がして眉を寄せた。


 魔水晶、魔水晶……。うーん、全然思い出せない。疲れてるのかな。


「ほら、きっとここにその魔水晶を嵌めるんですよ」


 シモンは天秤の中央にあった窪みを指さした。

 そういえばまるで装飾品が取れてしまったみたいに、ぽっかり穴が空いてたっけ。


「少なくともこのアイテムを使用するには、この程度の大きさの魔水晶が必要になるみたいですね。最高純度の魔水晶でこの大きさとなると、手に入れるのはかなり難しいと思います」


「なるほど……」


 ふと、魚のお腹に飲み込まれた時のことを思い出した。あの薄闇の中、この天秤が光源となってくれたおかげで、わたしはなんとか前に進むことができたのだ。もしかしてあれは、地底魚の持つエネルギーの核に反応して光っていたのかもしれない。

 地底魚のことを考えていると、あの中で見た夢のことが思い起こされた。


「そういえば……」


 あの魚の中で見た夢のことを、シモンにも話してみた。お父様たちがやってきてわたしを闇に引き摺り込もうとしたこと。それをお母様が助けてくれたこと。


「不思議な夢をいくつも見ました。お父様の夢は、本当に怖かったです」


 そう言うと、シモンはふと真面目な顔をして言った。


「……地底魚は基本的に、飲み込んだ人物の過去の出来事を夢として見せます。けれど伝承によると、まれに、予知夢を見せることもあるようですよ」


「予知夢……?」


 それって、お父様たちがグランタニアに来るってこと?

 ぞくりと背筋に冷たいものが走った。そんなことって……。


「クーナ、あくまで伝承ですから気にしないで。ごめんね、変なことを言って」


 シモンが気遣うように、明るい声でそう言った。


「い、いえ……」


 そうだよね。伝承なんだから、本当に起こるとは限らない。わたしは首を横にブンブンと振って、なんとか頭を切り替えた。

 それよりもこのマジックアイテムのことだ。


「わたしが持っていても、宝の持ち腐れのような気がします……」


 すごいマジックアイテムなのに、冒険者ではなく、わたしが持っているのもどうかと思った。

 嘘を暴きたい人だっていないし……。このアイテムを必要としている人に、あげたほうがいいのかもしれない。


「人とアイテムの出会いも縁ですよ、クーナ」


 シモンがそう言って笑った。


「グリフォンに連れられた先の異空間でアイテムをゲットするなんて、君くらいしかいないんじゃないかな。そんな珍しい状況での出会いなんて、縁を感じずにはいられませんよ」


「縁……」


「君が大切にしている物でしょう?」


「……そうですね。せっかく見つけた物なので、もう少し、持っていようと思います」


 必要とする人が現れたのなら、その時に渡せばいいか。

 どっちみち、魔水晶がないと使えないみたいだしね。


「縁は大事にしないとね。関係ないと思っていても、ふとした瞬間に縁が繋がっていくのが、人生の面白いところですから」


 悪戯っぽくウィンクするシモンに、ちょっと笑ってしまったのだった。

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