あの日のこと


 わたしたちは、来たときと同じ道を歩いていた。

 その途中でいろいろと考えたことがあり、わたしは前を歩くギアの隣に並んだ。


「あの……ギア」


 流石といえばいいのか、ギアはちっとも疲れていなさそうな顔でわたしを見た。


「ん?」


 どうした、と言われて、わたしはなんて言おうか考えてしまった。


「あ、あの魚の中で夢を見たんです」


 もじもじしていると、彼は頭に「?」を浮かべた。


「……もしかして、この街に流れ着いたわたしを助けてくれたのは、ギアだったんですか?」


「……ああ、なんだ」


 もじもじするわたしを見て、ギアは目を丸くした。


「あの時のこと、覚えてたんだな」


「!」


 やっぱり。


「……魚の中で見た夢は、本当だったんですね」


「どんな夢を見たんだ?」


「ギアに助けてもらった夢です。あなたが、わたしとルルを助けてくれました」


 そう言うと、彼は思い出すように言った。


「……あの時は、たまたま馬に水を飲ませようと、街外れの小川まで出向いたんだ。そうしたらボロボロになったルルが俺を呼んできた」


「!」


「足が折れていたから、何事かと思って捕まえようとしたら、馬が捕まえずにルルについていけと言うから」


「お馬さんとお話できるんですか……?」


 そう言うと彼は吹き出した。


「いや、そう言ってるように見えただけさ」


 そ、そっか。そりゃそうだよね。

 わたしは恥ずかしくなって頬をぽっと赤くする。なんにしろ、そのお馬さんには感謝だ。


「それでルルの後を追ったら、倒れていた君がいたというわけだな」


「わたし……ごめんなさい、助けてもらったのに、全然お礼も言わずに」


 初めて彼と会った時(正確には二回目?)、喫茶店で彼は「元気になってよかった」と呟いていた。あれは多分、ボロボロのわたしの姿を知っていたから出た言葉だったのだろう。


「いいんだ、別に。そんなことより君が元気になってよかった。その事実の方が、よほど大切だ」


「……」


「俺の仕事は人を守ることだから」


 そう言って、ギアは優しく笑う。その笑顔に、心臓がどきりと跳ねた。

 ──あれ、なんだろ……。

 わたし、しっぽがすごく揺れてる……。ぶんぶん揺れて止まらない。

 なんでこんなに嬉しいんだろう? それになんだか、胸がドキドキするような気が……。


「クーナ?」


 急に黙り込んだわたしに、ギアは不思議そうな顔をした。それから眉を潜めて、わたしを見る。


「少し顔が赤いな。熱でもあるんじゃないか」


「え? 本当です?」


「ああ」


 おでこに手を当てられる。


「ちょっと熱っぽい感じもするな」


「変ですね……元気なんですけど、少し疲れちゃったのかもしれません」


 なんだろ、ずぶ濡れになって、珍しく風邪でも引いちゃったのかな。

 わたし達はお互いに顔を見合わせて「?」となっていた。


「それなら帰ってすぐ休もう。幸いなことにほら、もうすぐ出口だ」


「!」


「ちゃんと休んだ方がいい。本来なら百階層なんて、一般市民が入れるような場所じゃない」


 ようやく転移式が見えてきた。先を歩いていたガントさん達が手を振る。

 とうとうダンジョンから出られるんだと、心の底からホッとした。

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