喜びの歌


「……っ!」


 眩しい光の中へ、引っ張り上げられる。目が眩んで、思わずまぶたを閉じた。

 ぐらっと意識が揺らぐ感覚がした。まるで夢から覚めるみたいな、そんな感じ。

 いや、わたし、もしかしたら、本当にずっと眠っていたのかもしれない。

 あの暗闇の中でのことは、全て夢だったような気もする。遠くから、ピュルル、ピュルルルと美しいさえずりが聞こえてきた。その声によって、意識がゆっくりと覚醒する。


「大丈夫か!?」


「……」


 ふわりと冷たい空気が頬に触れた。

 目を開ければ、ギアの心配そうな顔があった。


「ギア……?」


 あれ。引っ張り上げられたはずなのに、わたしはなぜか彼の腕の中で目を覚ましたようだった。

 心配そうにわたしを覗き込むギアの顔。

 それから、キリクさんとシモンも、わたしをひょっこりと覗き込んだ。


「あ、れ……?」


 目をくしくしと擦って、ここがどこか確認する。

 なんだかぷかぷかして、安定しないような……。


「大丈夫ですか?」


 心配そうなシモンにそう聞かれ、ゆっくりとうなずく。


「あー、びっくりしたぜ! お前、いきなり水の中に飛び込むんだもんなぁ」


「ご、ごめんなさい……」


 だんだん意識がはっきりとしてきた。起き上がってあたりを確認する。


「クーナちゃーん!?」


「大丈夫かぁー!?」


 遠くの小島で、みんながこちらに向かって手を振っていた。

 わたしは無事を伝えようと、なんとか手を振り返す。


「ん?」


 振り返している最中に、ふと自分はどこにいるのかと思って下を見てみた。


「……あれっ!?」


 ギョッとした。


「君が食べられてから、すぐに拘束の魔術でこの魚の動きを止めたんですよ」


 シモンが言う。ギアも頷いた。


「腹に入った君が怪我をしないよう、細心の注意を払って俺とキリクでこいつの弱点を突き壊した」


「腹を切開して、お前を助け出したってわけだ。つまりここは魚の腹の上ってことだな」


 キリクさんがニヤッと笑ってそう言う。

 どうやらわたし達は、ひっくり返った地底魚の上にいたらしい。だからぷかぷかしていたのだ。


「わたし……」


 いろいろ言わなきゃいけないことがあるはずなのに、びっくりして言葉が出てこない。


「本当に、本当に、ごめんなさい……わたし、えっと……」


 ブツ切れの言葉を吐き出していると、シモンが首を横に振って微笑んだ。


「ひとまず、君が無事ならよかったです。ほんの五分程度のことでしたが、あまり長くあの魚の中にいるのは危険ですからね」


「五分?」


 わたし、あの暗闇の中を一時間以上彷徨っていたと思ったけれど……。

 わたしが不思議そうな顔をしていると、シモンが苦笑して言った。


「ドリーミングフィッシュ。それがこの地底魚の正式な名です」


「ドリーミング……夢の、魚?」


 なんとなくそう名付けられた意味がわかった気がした。シモンは頷く。


「この魚の胃袋は異空間なんです。食べた相手を眠らせて、そこで不思議な夢を見せます」


「!」


「そうやって暴れないようにして、消化するんですね」


 あの暗闇の中での不思議な出来事は、全部夢だったってこと……?

 ってことはわたし、夢の中で夢を見ていた……?


「でもわたし……」


 リリのことを思い出して、ハッとする。


「リリ!?」


 あの暗闇のことが夢だったのなら、リリはどうなっちゃったの……!

 慌ててリリを探す。けれどわたしの心配をよそに、リリはわたしのポケットの中で、ぴすー、ぴすーと鼻息を立てて眠っていた。ホッとして腰が抜けそうになる。

 しかも、ちゃんと進化しているではないか。


「私の魔術の威力が微妙に強くて、魚ごと粉砕しそうになっていたんですけど」


 シモンが恐ろしいことを言う。


「ほら、見てご覧。君がいなくなってから、モコモットたちが進化したんです」


「!」


「モコモット達の歌声が、魚を痺れさせてくれたみたいですね」


 シモンは空を指した。そこには桃色と水色の淡い光がくるくると舞っていた。


「ピピ、ララ?」


 ピュルルル、と綺麗な声で鳴くと、二羽はわたしの元へやってきた。


「わぁ!」


 二羽とも、リリと同じようにシマエナガみたいな小鳥に進化していた。二羽が囀ると、リリがゆっくりと目を覚ます。


「ピ?」


「ピュルル」


「ピゥ」


 三羽はモフモフと体をすり合わせると、揃って空へ飛んでいく。地底湖の上をくるくると飛び回って、綺麗な歌声を響き渡らせた。

 喜びの歌だ。声は幾重にも重なり、ハーモニーとなる。わたし達はその声に聞き惚れてしまった。


「しっかし、不思議なもんだな。あいつら、同時に進化したのか」


「俺たちの見えないところで、何かが繋がっているのかもしれない」


 キリクさんとギアがそう言った。


「進化しても、結局丸っこいんだよな、あいつら」


 キリクさんがヘヘっと笑った。

 すごくわかる。なんかこう、全体的に丸くてモチモチというか……。

 だけど前よりも飛距離は伸びたし(前はふわふわ宙に浮いている感じで、遠くまでは飛べないみたいだった)、体もしなやかに、軽そうになったし、すごく素敵だと思う。


 天井を眺めていると、暗かったホールに再び光がさした。

 雨後の雲からいく筋も光が伸びるように、地底湖の水面を照らす。

 地底湖の水が、キラキラと輝き出した。


「うわぁ……!」


 光る水面に、綺麗な囀り。

 まるでわたし達の帰還を祝うかのように、水面は輝き続けていたのだった。

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