モコモットの進化 

 ふと目を覚ますと、わたしは暗闇の中に一人で立っていた。

 自分がどこにいるのかもわからないまま、あたりを見回す。

 すると目の前に、誰かの足が現れた。誰だろうと思って見上げると、思わずひゅっと喉が鳴った。


「こんなところにいたのかい、クーナ」


「お、おとう、さ、ま?」


 そこに立っていたのは、見間違えようもない。お父様だった。


「ようやく会えたね」


「な、なんでこんなところに……!」


「アルーダ国は魔物の被害がひどくてね。こっちに避難してきたんだ」


「そんな……」


 絶望に打ちひしがれていると、暗闇からお継母様とアニエスが姿を現した。

 冷たい目でわたしを見ると、にったりと笑う。


「クーナ、アルーダ国に帰ろう?」


「い、いや……」


 その手を振り払おうとするけれど、力強く引っ張られてしまう。


「さあ、帰ろうクーナ」


「家に帰るのよクーナ」


「お義姉様、早く」


 い、いやだ……!

 帰りたくなんかない!

 けれど体はズルズルと闇の中に引っ張られてしまう。

 あの闇の中には行きたくないのに、体から力が抜けていく。抵抗する力がなくなり、わたしは闇の中へ引きずり込まれそうになっていた。


 ──ダメよ、クーナ。目を覚まして!


 諦めかけていたその時。澄んだ女の人の声が闇に響いた。

 どうして気づかなかったんだろう。闇の反対側には、黄金色の花の群生があった。

 美しい声は、花が発しているようだった。


 ──そっちにいってはダメ。


「どうして……?」


 もう抵抗するのは辛い。眠ってしまいたい……。


 ──あなたの居場所は、光のある方よ。


「でも……でも、もう力が……」


 ──もう少し耐えて。あなたの大切な仲間が、今頑張ってる。


 大切な仲間……。


 ──そう、クーナを守ってほしいと頼んだら、あの子達、進化してくれたのよ。あなたを助けるために、変わってくれたのよ。


 仲間……そうだ、リリはどこに行ったんだろう。ルルやピピ達も、シモンも、ギアも、みんな外で待ってくれているはず。


 ──あなたはこんなところにいてはいけない。みんなが待つ場所に帰らなければ。そうでしょう?


 そうだ。わたし、みんなと無事に帰るんだって、ルーリーにも約束した。

 こんなところで眠っていちゃ、いけないんだ。

 そう思うと、体に力が湧いてきた。

 するとどこからか、美しい鳥の囀りが聞こえてくる。


 ピュルル、ピュルルル……。


 なんて綺麗な声なんだろう。体の底から、力が湧いてくる。

 こんな声を聞きながら朝目覚めることができたら、どんなに幸せか……。

 と思ったところで、はっと気づいた。

 わたしの腕を引っ張るお父様を、なんとか振り払う。


「これ、夢だ……! だってお父様たちが、こんなところにいるはずないもの!」


 自分が夢を見ている。そのことに気づくと、お父様たちは泥のように溶けて、闇の中に消えてしまった。黄金の花の方向を振り返ると、そこには一人、女性が立っていた。

 懐かしいその姿に涙が溢れそうになった。白銀の髪に、足元に咲く花のように輝く、金色の瞳。


「お母様……?」


 間違いない。狼の耳としっぽを持つその人は、わたしのお母様だった。


「お母様、お母様っ!」


 夢だって分かってる。それでもわたしはお母様に触れたくて、手を伸ばす。


 ──頑張って、クーナ。いつでも見守っているから。


 お母様は優しく微笑むと、光の粒子となって暗闇の中に消えていった。

 

      ◆


「ん……」


 なんだろう。どこからか、綺麗な音が聞こえてくる。

 鳥のさえずりのような、人魚の歌声のような。

 ピュルル、ピュルルとそれは意識の中に優しく入り込んできて、わたしを覚醒させた。


「!」


 ハッと目を覚ます。


「っわたし……!」


 あたりを見回す。水の満ちた空間に、黄金色の花が咲いている。上を見れば、眩く輝く光の球があった。


「やっぱり、夢を見てたんだ……」


 私はどうやら少しの間、暗闇の中で眠っていたみたいだ。思わずほっと息をつく。


「お母様……」


 お母様がわたしを守ってくれたんだ。心の奥底にあった、お母様の記憶が、きっと。

 愛おしい気持ちが胸に溢れて、涙が出てきた。夢でもいいから、もっと一緒にいたかった……。


「……でも、夢は夢だもんね。わたしにはもう、帰る場所がある……」


 流れる涙をゴシゴシと擦って、わたしは立ち上がった。お母様だって、わたしがここでずっと泣いているのを望まないだろう。

 ふと上を見れば、光の球が浮かぶ不気味な空間の中で、一筋の美しい輝きが軌跡を描いた。


 ピュルル、ピュルルル……。

 優しい鳴き声が、暗闇の隅々にまで響き渡る。


「あれ……? この鳴き声、夢で聞いた……」


 目覚めたはずなのに、その声は闇の中で響いている。

 しかも一つの音だけじゃない。さらにその上に、どこから聞こえてくるのか、二重、三重と声が重なり、闇の中にハーモニーを奏でた。


「綺麗……」


 あの空を飛ぶ光はなんだろう? ぼうっと見惚れていると、光がこちらへ舞い降りてきた。

 それは、小さくてふわふわとした、黄色い小鳥だった。

 前に図鑑で見た「シマエナガ」っていう小鳥に似ている……。

 特徴的なのは、長く伸びた尾羽だ。尾羽は金色に輝いて、闇の中でふわりふわりと揺れている。

 思わず手を伸ばすと、小鳥はわたしの人差し指に止まって、ぴい、と嬉しそうに鳴いた。


「あれ……?」


 なんか、見覚えのある顔だな……。


「ピュルル」


 思わず、あたりを探ってリリを探す。リリはどこにもいない。

 まさか。


「え、リリ?」


「ピィ」


 小鳥は黒いつぶらな瞳を潤ませて、頷いた。モフ、と首のモフ毛が動く。


「リリなの!?」


 えーっ!? すごい!!

 めちゃくちゃモフモフで綺麗な小鳥になってる!? 進化したってこと!?

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