光球


 真っ暗な空間をひたすら進む。歩くたびにチャプチャプと水音が闇の中に響いて、なんだか変な感じ。っていうか、この魚の中、思った以上に大きい。全然果てが見えない。

 もしかしてここ、異空間なんじゃ……。


「ぴ?」


 リリが首を傾げた。


「どうしたの?」


「ぴー」


 リリはわたしが手に持っていた天秤を羽で示した。


「?」


 なんだろうと思って天秤をよく見る。

 相変わらず、薄らと光っている。先ほどと特に変わった様子は──。


「あれ?」


 よく見れば、天秤は微かに点滅していた。薄らと光ったり、強めに光ったり。さっきまでこんな反応なかった気がするけど……


「なんだろう、これ」


「ぴー」


 なんとなく天秤を高くかざして、あちこちに向けてみる。


「!」


 すると一瞬だけ、天秤の光が強くなった方角があった。

 気のせいかと思ったけれど、そちらにもう一度、天秤を向けてみる。


「気のせいじゃない……」


 天秤の光は強くなっている。そちらの方向へ進んでみると、光はさらに輝きを増した。

 一体どういうことなんだろう。


「ぴ~」


「……こっち、行ってみようか」


 闇雲に歩いているだけで出口もさっぱり見当たらなかったので、試しに天秤の光が強くなる方向へ歩いてみることにした。進めば進むほど、光の点滅は強くなる。


「あれっ?」


 天秤に気を取られて気づかなかったけれど、ふと足元を見れば、水面に金色の花が咲いていた。あっちにもこっちにもたくさん。


「花が咲いてる……」


「ぴい」


 花はうっすらと輝いていた。それになんだか、少しあたたかい気がする。


「どうしてこんなところにお花が……」


 疑問に思いつつも、あたたかくて優しい花をもっと見たくて、花が群生している方向に向かって、足を進めた。不思議なことに、天秤の光も強くなっている。


「わたし、この花、どこかで……」


 花を見ているうちに、懐かしい気持ちが胸に溢れてきた。どこでそれを見たのか、うまく思い出せない。でもわたしはこの花を知っている。この花を見ていると、ほっとするような、安心するような、そんな心地よさを感じた。


 花に導かれるようにしてさらに進んだところで、だんだんとこの暗闇自体が明るくなってきていることに気づいた。目を細めて遠くを見れば、なんだか向こうに光源があるような気がする。


「リリ、あれ、出口かもしれないよ」


「ぴ!」


 わたし達は光がある方へと足を進めた。ところがどうやら、それは出口ではないようだった。


「……あれ、何?」


 しばらく進んだところで、光源の正体が発覚した。ホール状になった大きな空間の天井近くに、丸い物体が浮いているのだ。ボールみたいなそれは、眩い輝きであたりを照らしていた。さらに、ホールいっぱいに、あの金色の花も咲いている。


 そばへ行くと、う、と息が詰まった。なんだろう、この感じ……圧迫されているみたいな……。

 思わずボールから距離を取る。


「びっくりした……なんだろ、あれ」


 魚の中に光るボールがあるなんて話、聞いたことがない。それに妙な圧迫感があるし……。

 触って確かめたかったけど、そもそもあの高さには手が届かないし、気分も悪くなりそうなので、近づけそうにない。

 それになんだか、体が変だ。

 すごく眠くなってきた……。立ったまま、眠っちゃいそう。


「ぴー!」


 どうしようと思っていると、リリがもう一度、わたしの天秤を羽でさした。

 見れば天秤は強い光を放ち、ブルブルと少し震えていた。

 けれどその理由を考えることはできなかった。


「ぴ……?」


「ごめん、リリ、少し休憩……」


 眠気がひどい。頭がクラクラして、息苦しくなってきた。


「ぴ、ぴぃ!」


 地面にお尻をついて、こめかみを押さえる。

 リリが慌てているが、だんだんと光もリリも遠くなっていく。


「ごめ……」


 頭に靄がかかったように、思考が働かなくなる。なんだか体があの天井付近の光に、持って行かれそうな感覚がした。とうとうわたしの視界はゆっくりと闇に包まれる……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る