胃袋で彷徨う


 ぴー、ぴよぴよ……。


「んん……?」


 耳元でぴよぴよ、ぴちぴちと騒がしく鳴く声が聞こえきて、ゆっくりと意識が浮上した。

 なんだろう、異常に眠い。


「うーん……」


 しかもなんか、ひんやりしてるし……。


「ぴよー!」


「わっ」


 ほっぺを突っつかれ、びっくりしてようやく目が覚めた。

視界に映ったのは、薄暗い空間。


「え……? ここどこ?」


 重い体に鞭打って起き上がる。深い眠りから覚めた後のように、頭がぼんやりしていた。


「ぴよ! ぴー!」


「リリ?」


 横を見ればリリが焦ったようにバタバタ、モフモフと小さな羽を動かしていた。

 地面にはなぜか、足首程度まで水が張っている。わたしは波内際に倒れていたらしい。体を動かすたび、チャプ、と音が鳴った。どうやらこの薄暗い空間には、わたしとリリしかいないみたいだ。

 そこまで考えて、ハッとした。

 そうか、わたしたち、あの巨大魚に飲み込まれちゃったんだ!


「リリ、大丈夫!?」


「ぴよ……」


 リリは心細かったのか、モフモフとわたしのほっぺに体を擦り付けてきた。よかった、どこにも怪我はないみたい……。

 わたしも頭がぼうっとするだけで、怪我はない。あんなに大きな口に飲み込まれたのに生きてるなんて、奇跡みたいだ。


「それにしてもここ、どこ? もしかしてあの魚のお腹の中……?」


 あたりは暗くて、よく見えない。

 けれどザアア、ザアア、と水が打ち寄せては引いていく音が聞こえてくる。

 海って見たことないけど、波の音はもしかしたらこんななのかもしれない。


「うわぁ、どうしよう……」


 普段は美味しいものを食べる立場のわたし達が、まさか消化される側にいるなんて……。


「ぴよ……」


 かわいそうに、リリはつぶらな黒い瞳からポロポロと涙をこぼしている。


「だ、大丈夫だよ、なんとかなるよ」


 本当はわたしも死ぬほど怖かった。だけど、外にはみんなもいる。

 あの壮々たるメンバーならどうにかしてくれるかもしれないという、淡い希望もあった。

 前だったら震えて泣いていただけかもしれないけど、今は落ち着いている。

 リリはクチバシをカチカチさせて、首を振った。


「? どうしたの?」


「ぴよ……」


 なんだか、すごく落ち込んでいるみたい。


「ぴよよ」


「?」


「ぴよ……」


 あれ、もしかして、謝ってる……?


「リュックから飛び出ちゃったこと、謝ってるの?」


 そう聞くと、ピピは涙をポロポロこぼしながら頷いた。どうやら当たりだったらしい。


「気にしなくていいよ。わたしがリュック、ちゃんと閉めなかったのが悪いんだし」


 それよりも、わたしがシモンの言いつけを破って飛び出しちゃった方がまずい。シモンだったら、リリを簡単に助け出せたかもしれないのに。

 ああ、どうしよう。とんでもないことをしてしまった。


「ぴ……?」


「……うん、気にしてないよ。大丈夫だよ。リリに怪我がなくてよかった」


 とりあえずリリを励ます。


「~!」


 リリは必死にわたしのほっぺに体を擦り付けてきた。

 くすぐったくて、思わず笑ってしまう。笑ったら、少し力が沸いてきた。


「よし。ここから出よう」


 生きて外に出て、それから謝ろう。うじうじしていたって、仕方ないもんね。

 少し前のわたしからしたら、考えられない前向きさだ。みんなのところに帰りたいという強い気持ちが、わたしを奮い立たせているのかもしれない。


「ぴ!」


 了解! というようにリリが鳴いた。

 もしかしたら、外でみんなが何かやってくれているのかもしれない。けれどここは不気味なほど静かで、波のさざめき以外、何も聞こえてこない。

 っていうか、真っ暗なはずなのに、どうしてわたし達の周りだけ薄ら明るいんだろう……?

 ルルがいたら、額の石の中で炎が燃えているから、いつも明るいんだけど……。


「あれ?」


 ふと、お尻のポケットがあたたかいことに気づいた。なんだろう。


「?」


 ゴソゴソとポケットを探る。すると何か、固い物に指が触れた。それを引っ張り出してみる。


「!」


 これは……さっき、アレスと一緒に異空間へ行ったときに拾った天秤だ。

 天秤はなぜか熱を持っていて、闇の中で薄らと発光していた。


「どうして光ってるんだろう……?」


 そういえば古のマジックアイテムって言ってたっけ。

 なんで光ってるのか、これはそもそもなんなのか、さっぱり分からない。

 天秤だから、きっと何かを測るんだろうけど……。


「うーん……とりあえず、これを灯りにして、あたりを探ってみようか?」


「ぴ」


 リリを肩に乗せ、わたしは立ち上がると天秤を掲げて暗闇を照らした。

 水のさざめく広い空間を、ゆっくりとわたし達は奥へと進んだ。

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