In The Fish


 揺れる。

 揺れる。

 とにかく揺れる!


「ひゃぁああ!」


 モンスター討伐に慣れていないわたしは、みんなに囲まれて、耳をぺたんこに折り曲げて座り込んでいた。地底魚のオオオオ、という鳴き声があまりにも恐ろしくて、力が入らない。


「少し大きいですけど、いつもの攻略法通り、水中から上がったところを狙いましょう」


 シモンの声が聞こえてくる。


「とにかく倒せばいいんだよ! あんたらの得意分野でしょ、マイマイ、ムイムイ!」


 ルージュさんが叫んだ。マイマイとムイムイは、羽で空中にふわふわ浮かんでいるから、あんまり揺れは関係ないらしい。


「「あいあいさー!」」

 

 双子の妖精が飛び上がって、手を空に構える。その瞬間、眩い光の矢が何千本と宙に浮かんだ。

 薄暗かった地底湖が、金色の光で満たされる。


「いっけー!」


「どかーん!」


 双子が手を振り下ろした瞬間、矢は跳ね上がった地底魚に次々と突き刺さった。

 不気味な鳴き声が再び地底湖に響き渡る。


「おっ、いいぞいいぞ」


 ガントさんたちが喜ぶ。地底魚は水柱をあげて、地面へ落ちた。ものすごい揺れだ。シモンのこの透明な守りがなかったら、わたしたちは吹き飛ばされていたかもしれない。


「それにしても馬鹿でかいし、しつこいわね!」


「なんだか様子が変な気がしませんか? やっぱり、イレギュラーなモンスターっぽいですね」


 ステラさんとマキちゃんが呟く。


「その分倒せば、レアなアイテムが落とせるかもよ!」


 ガントさんが嬉しそうに叫んだ。冒険者さんたちはわたしみたいに、ガクガク震えていない。

 きちんと冷静な判断ができていた。予想外のことが起こったとき、冷静でいられるか?

 これが一般人と冒険者の違いだと、わたしはこのとき嫌と言うほど理解した。

 なぜかって言えば、わたしはパニックになっちゃったからだ。


「リリっ!?」


 地面が大きく揺れた瞬間、背中のリュックからポンと黄色のモコモットが飛び出てしまった。


「ぴよっ!?」


 地底魚が湧出してすぐモフモフたちはリュックにしまったんだけど、急いでいたから、チャックをうまく閉められていなかったのだろう。


「リリ!」


「ぴよ~!」


 運悪く、マイマイとムイムイの二撃目が地底魚に命中した。さらに激しく揺れる地面。

 リリはコロコロと転がって、なんと湖の中に落ちてしまったではないか!

 どうしよう、誰かに、助けを……。

 けれどそう思っても、声は出なかった。あれだけ勝手に行動するなって言われたのに、なぜかわたしは誰にも頼ることをせず、駆け出していた。


「クーナさん!?」


 リュックをその場に置いて、マキちゃんを押しのけて、転がるリリを追いかける。

 激しい荒波に、黄色いひよこが揉まれて消えていくのが見えた。

 だめ、ダメ、駄目!! みんな揃って、一人も欠けずに帰らなきゃいけない!!

 何も考えずに、水中へ飛び込んだ。バシャアアン! と激しい水しぶきが上がる。


「……っ!」


 ひんやりとした水が、体を覆った。なんとか、薄らと目を開ける。水の流れが激しい……!

 リリは苦しそうにもがいていた。小さい体は、波にもみくちゃにされている。

 待ってて、すぐに助けるから……!

 必死に手を伸ばす。水を蹴って、前に進む。

 あと少し、もうちょっと!


「んーっ!」


 つかまえた!

 黄色くて柔らかいものを手につかみ、わたしはホッと安心した。

 胸に抱いて、水面へ上がろうとする。けれどそんなわたしの前に、巨大な生き物が近づいてくるのが見えた。ゾワっと体中の毛が逆立つ。

 薄暗い水の中で、地底魚は余計に不気味に見えた。

 ギョロっとした気味の悪い目が、わたしを捉える。


「……!」


 地底魚は大きな口を開けた。

 うそ……。


『ォオオオオオオ』


 パクンッ!

 目の前が真っ暗になる。

 わたしたちは、地底魚の大きな口に飲み込まれてしまったのだった。



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