グリフォンの羽


 しばらく街の上を旋回していたアレスは、再びダンジョンの中へ潜った。

 異空間をいくつも通り抜けて、ぐんぐんと下降していく。もう慣れてしまったのか、アレスの背に乗って飛ぶのは怖くなくなった。不思議なことに、強い風に煽られても落ちる気配はない。


「ほら、もう着くぞ」


 そう言われて下を覗けば、青い小さな穴が見える。アレスはその穴に入った。

 あ、本当だ。そこは先ほどまでわたしたちがいた地底湖だった。

 めちゃくちゃ心配そうな顔をした冒険者さんたちが集まっている。

 みんな口々にわたしの名を呼んでいた。大きく手を振って、自分の無事を示す。


 アレスは再び、ゆっくりと小島に下降した。ふわふわした感じが消え、しっかりとアレスが地に足をつけた感覚が伝わってくる。心配そうな顔をした面々がわっと駆け寄ってきた。

 グリフォンがいるのに、もうお構いなしみたいだ。


「クーナちゃん、無事でよかった!」


 アレスの背から下ろしてもらうと、途端にルージュさんにぎゅうっと抱きしめられる。


「もう、クーナちゃんが怪我でもしたら、ルーリーに殺されちゃうよ!」


「大丈夫です。わたし、すごく元気です」


 よかったよかったと頭を撫でられる。ルルたちがぴょこっと駆けてきて、わたしの肩に乗った。


「るぅうん!」


「ぴよ!」


「ごめんね、置いてっちゃって」


 連れていく暇もなかった。わたしだけ楽しんじゃって、なんか悪いな……。


「おい変態グリフォン、お前クーナ連れてどこ行ってたんだよ、ああ?」


 キリクさんが悪態をついた。


「貴様は相変わらずのようだ。近寄るな。クーナに払ってもらった穢れがまた復活する」


「何言ってんだオメェ、クーナにブラッシングさせてゴロゴロ言ってた変態のくせに!」


「……」


 アレスの目がギラっと光った。

 クチバシでキリクさんの頭を突っつこうとしたけれど、キリクさんは器用に避けた。


「な? 言っただろ。こいつ、『自分は神聖な生き物です』って顔してるけどよ、中身はアホっぽいだろ?」


「キリク、もうやめてくれ頼むから」


 ギアがため息を吐いて首を振った。シモンはまあまあ、と二人を宥める。

 アレスはバタバタと翼を動かして、みんなを遠ざけた。


「我が心を許したのは、クーナだけだ。近寄るな」


 アレスはオロオロするわたしに、視線を合わせた。


「クーナ」


「は、はい」


「我の穢れを浄化してくれたことに礼を言う」


「い、いえ。元気になってよかったです」


 そう言えば、アレスは少し笑ったような気がした。


「もう一つ、お前に礼をくれてやろう」


「?」


 これ以上何をくれるというのだろうか。


「我が必要になったら、この羽に向かって名前を呼ぶといい」


 アレスはそう言うと、ブチっと羽を引き抜いて、わたしにくれた。痛そう……。

 虹色に光る羽。それに触れると、少しあたたかかった。


「羽を掲げて、アレスオールの名を呼べ。いつでもお前のもとに駆けつける」


「あ、ありがとうございます!」


 まさか、アレスが……幻獣が、わたしのところに来てくれるなんて。それって、もしかして結構すごいことなんじゃ? というか、なんかもらってばっかりだよね、わたし……。


「気にすることはない。我がクーナに、また会いたいのだ」


 そう言って、表情を緩めるアレス。わたしも嬉しくなって、羽をぎゅ、と握った。


「わたしもまた、アレスに会いたいです」


「きっと会えるさ。近いうちにな」


 アレスは頷くと、大きな翼を広げ、バサバサと羽ばたかせた。


「それではまた会う日まで」


「っ!」


 アレスは水面を駆け抜けて、空高く舞い上がる。

 こうして幻獣グリフォンは、ダンジョンを去って行ったのだった。

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