深刻なモフモフ慣れ


 男性の姿になったアレスは、きちんとフォークやスプーンを使って、料理を食べてくれた。


「……うまい」


 ポツリとそう呟く。よかった。上手にできたみたい。


「アレスは物を食べないとダメな体ですか?」


 ルル達は物を食べなくても、光合成するみたいに魔力を体内に取り入れるから、本当は大丈夫なのだ。なのに食いしん坊という……。


「いいや。食べる必要はない」


 やっぱりルル達と一緒みたい。


「だがたまにはいい物だ。我は味も理解できるし、楽しめる。料理とは時に人と人との縁を結ぶこともある。何よりお前の力の込められた物は、体を浄化してくれるしな」


「あの……浄化って、なんなのでしょうか?」


 そう聞くと、アレスは目を伏せた。


「我は穢れてしまった。その穢れを払い落とすためには、清い力が必要だ」


「穢れっていうのは……?」


「お前達の言葉では、確か『瘴気』というのだったか?」


「!」


 瘴気。それは今、アルーダ国に蔓延している、人や動物を凶暴化させ、魔物を発生させる悪い力のこもった物だ。


「我は今より少し前、はるか東にある大陸で暮らしていた」


 ポツリポツリとアレスは語る。


「それから、我が出生の地、グランタニアへ戻ってくる途中、やられた。油断していたのだ」


「やられた……?」


「アルーダ国と言ったか? あの国の山脈で体を休めていたら、瘴気に体を侵されてしまったのだ」


「!」


 瘴気は、動物を凶暴な魔物へと変化させてしまうことがある。

 もしかしてアレスが言っている「瘴気に侵される」というのは、そういうことなのかも……。


「だがもう大丈夫だ。空気の良いダンジョンの深層で休息をとった。そしてお前の触れた料理を口にしたから」


「わたしの触れた料理……?」


「お前には瘴気をも払う、不思議な力があるようだ」


「え!? そうなんですか!?」


「ああ。まだ小さな力だが、我にはそれで十分だ。体力を回復させるだけじゃない。なんだったか……お前達の言葉で『状態異常』というのか? それを緩和させる能力がある」


 し、知らなかった……。

 でも瘴気を取り除く力は、聖女にしかないはずなんじゃ……?


「……あくまで我の想像だ。瘴気を払っているわけではないのかもしれない。しかし確実に我の状態は正常に戻りつつある」


 うーん、シモンに鑑定してもらわないことには、わからないか。聖女様にしかできないことが、わたしにできるはずがない。わたしは瘴気を払っているのではなく、もしかしたら別の何かを気づかないうちに行っていたのかもしれない。どのみち、とても小さな力だ。聖女様の代わりにはなれないだろう。


「ところでクーナよ」


「は、はい」


 考え込んでいたら、アレスがペロリと唇を舐めて言った。


「人は食後に、甘い物を食うだろう?」


「えーと……あ、デザートのことですね」


 ポンと手を打つ。


「ありますあります。ちょっと待ってくださいね」


 バッグを開けて、中をゴソゴソと漁る。確か木苺のパイを焼いて持ってきたのだ。


「んー……?」


 あれ、どこにやったのかな。全然見つかんないや。


「ルル、どこにあるか覚えてる?」


 モコモット達とキッシュを食べていたルルにそう聞くと、ルルはびくん! と体を硬直させた。それからこちらを見て、愛想しっぽ振りをする。まさか……。


「るぅん……」


 わたしがジト目でルルを見ていたら、ルルは慌ててリュックの中へ飛び込んだ。


「ルル!」


「る!」


 手を入れてルルを引っ張り出そうしたら、その手に何かが触れた。

 出してみれば、それはルルがダンジョン出発前に持っていくと言って聞かなかったブラシだった。


「ルルったら、木苺のパイ、全部食べちゃったんでしょ!」


「る……」


 中をのぞけば、しょんぼりしたルルの顔。

 しょんぼりしたいのはこっちだよ! ううう、あれだけ食べちゃダメだよって言ったのに。


「……ごめんなさい、アレス。本当は木苺のパイを焼いたんだけど……ルルが全部食べちゃったみたい……」


 そう言ってちらとアレスを見上げると、彼はじーっとわたしの手を見ていた。


「?」


 視線の先には、ブラシが。


「クーナよ」


「は、っはい」


「うまい物を食わしてくれた礼に、我をその櫛で梳る権利をお前に与えよう」


「?」


 そう言って、アレスは元のグリフォンの姿に戻った。そのままごろ~んと横になる。さっきまで、声を出さないように静かにわたしたちを見守っていた冒険者さんたちが、背後でざわつき始める。わたしも若干戸惑ってしまう。


「あの……?」


 え、ブラッシングしてもいいよってこと?


「ほら、早く」


「……」


 促されて、とりあえず持っていたブラシでアレスの胸毛を梳いてみた。

 わ、とっても触り心地が良い。ルルやピピ達にはない艶やかさがある。

 少し硬めの毛をとかしていくと、次第に毛がピカピカと輝き出した。


「ご、極楽……」


 ブラッシングをしていると、ぽろっとアレスがそんな言葉を漏らした。

 やっぱりといてもらうと気持ちいいのかな……。あれ? なんだかゴロゴロ言ってない?


「気持ちいいです?」


「……ま、まあまあだな」


 やっぱりゴロゴロ言ってる……!

 ライオンって、そういえば猫科だっけ? でも顔は鷲だもんな……。

 そんなことを考えていると、アレスがポツリと言った。


「おい」


「は、はい」


「何か言うことはないのか?」


「えっ?」


 言うこと?


「き、綺麗な毛ですね……?」


「ふむ。我に触れることを許可した者達は皆、我の毛並みをもっと褒めたぞ。感動していたぞ」


 うんうん、確かにこんなにキラキラして綺麗な毛、見たことない。

 でもなんでだろ……うーん。もしかしてわたし、ルル達をモフりすぎて、モフモフ慣れしてしまったのだろうか。そんなにびっくりはしないような。


「……」


「えと」


 なんかアレス、悲しい目をしてる……。


「す、すごく綺麗でモフモフです! 素晴らしい毛並みです!」


 そう言うと、ちょっと嬉しそうな顔に戻った。


「そうだろう。もっとモフモフしてもいいぞ」


「は、はい!」


 それからわたしは、伝説の生き物をひたすらモフモフし続けていたのだった。

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