グリフォンと少女②

「あの……どうしてアレスはわたしを呼んだんですか?」


 綺麗な、それでいて鋭い金色の瞳が、射抜くようにわたしを見つめた。


「……穢れてしまった」


「え?」


 穢れってなんだろう。怪我をしてるってこと?

 でも体のどこにも、怪我は見当たらない。


「穢れに、体を蝕まれている。ここで回復を待とうとしていたら、あの男が来た」


 アレスはクチバシをわたしの背後へ向けた。


「?」


 振り返れば、ああ、なるほど。キリクさんがキョトンとした顔でこちらを見ている。


「我はここで休んでいただけだ。そこへあの男がやってきた。帰れと言ってもなかなか帰らなかった。偶然、あの男がくれると言うからお前の作った果実水を飲んだら、体の回復が早まった」


「!」


 やっぱり。シモンに言われた「癒し」の力は、少しずつ強くなってきているのかもしれない。


「別に物を口にしなくてもいい。作った人に会ってみたかっただけだ」


 そう言って、アレスは疲れたように、顎を低くした。

 なんだろう……確かに、怪我をしているわけでもないのに、すごく弱っている感じがする。

 さっき言ってた選ばれた子とか、穢れとか、よく分からないけど……先にお腹いっぱいにした方がいいのかもしれない。


「あの……今日、たくさん食べ物と飲み物を持ってきたんです。食べませんか?」


 そう言うと、アレスは興味深そうにこちらを見た。わたしは急いでリュックの中を覗く。


「ルル、ごはんの用意をしたいの」


「るぅ~」


 リュックの中で寝っ転がっていたルルは、急いで荷物を集め始めた。

 ピピ達もぴよぴよとルルが集めた荷物を咥えて、飛んでくる。


「ぴよーっ!」


 鞄の中から飛び出て来るぴよぴよたち。けれどグリフォンを見て、少しびっくりしたようだった。


「……ぴよ?」


「ぴ」


「ぴぅ……」


 怖くなったのか、わたしの後ろへじりじりと下がる。

 モコモット達はわたしの後ろからちょろっと顔を出して、グリフォンを見上げた。


「……お前はこのような生き物も手懐けているのか?」


「あの、いろいろあって、ついてきちゃって……」


「随分と太っているな」


 うっ。アレスにもそう言われてしまった。


「お前達など食ったところでうまくもなんともない」


 そう言うと、やっとモコモット達は安心して出てきた。どうも、食べられると思っていたらしい。

 最後に、バスケットを咥えたルルが、鞄からにゅうっと出てきた。


「!」


 ルルもやっぱり驚いたようだった。


「る?」


「……」


 アレスとルルは見つめ合った。


「……カーバンクルの子どもか」


「るん」


「いい主人を選んだな」


「る!」


 二匹はよく分からないところで意気投合していた。

 ルルは嬉しそうにしっぽを振り回して、こくこくとうなずく。


「ルル、ここに並べてくれる?」


 持ってきたシートを地面に引いて、ルル達に準備を手伝ってもらう。

 ルーリーとダンにも協力してもらい、たくさん料理や飲み物を作った。

 この間練習した、ほうれん草とベーコンのキッシュ、新鮮な葉物野菜とポークルというモンスターのお肉を挟んだサンドイッチ、蒸した鶏肉とシャキシャキのネギを混ぜ合わせた物……。

 お料理の方は、あんまり凝ったものはできなかったけど、その代わり量をたくさん作った。

 飲み物は、冷たいレモネードに、フルーツビネガー、卵とミルクを混ぜたミルクセーキ、スムージーと、大量に持ってきた。

 万が一ダンジョンで何か合ったら大変だと、ちょっと作りすぎちゃったみたい。


「……ん?」


 けれどよく見ると、お料理もジュースも、なんだか少しずつ減っているような……。


「もしかして、食べた?」


 そう聞けば、ルルたちはへへっと愛想笑いを浮かべた。食べちゃったのね……。

 わたしが呆れていると、突然目の前にいたアレスが、金色の光に包まれた。


「!?」


 びっくりしていると、光はやがておさまり、中から一人の男性が出て来る。


「……!」


 それは、金色の長い髪を三つ編みにした、美しい男性だった。鋭い瞳は、とても見覚えのあるものだ。言葉を失くしていると、彼はわたしを見て笑った。


「どうも、お前達は我のことが怖いようだな」


「え、アレス……?」


「喜べ。特別にお前達に合わせてやろう。これもまた、我の姿の一つだ……」


「すごい! 人の姿にもなれるんですね!」


「この姿になったのはいつ以来か。特別だぞ」


 かっこいいとも思ったけど……モフモフじゃなくなっちゃった……。

 ちょっと残念……。

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