グリフォンと少女①

 湖に落っこちてしまわないように、慎重に石を踏んで、中央にある小島まで移動する。キリクさんがひょいひょいっと身軽に移動して島に到着したところで、グリフォンが唸り声をあげた。


「来るな!」


「!」


 びっくりした。低い男性の声が空洞に響く。

 今の、グリフォンが話したの……?


「来るなって、お前が連れて来いって言ったんだろ?」


 キリクさんは立ち止まって、鼻を鳴らしてそう言った。


「……お前は呼んでいない」


 グリフォンは疲れたように呟く。

 なんだろう。なんか……弱ってる?

 キリクさんも同じことを思ったらしい。立ち止まって、首を傾げている。


「なんだよお前、前より痩せたんじゃないか?」


「……放っておけ」


「放っておくも何も。ここで野垂れ死なれちゃ、俺たちが悪者になるんだっつーの」


 キリクさんは振り返って、こっちを見る。


「クーナ」


 ちょいちょいと手招きをされる。不安になってシモンを見上げれば、彼はコクリと頷いた。


「行っておいで。大丈夫だから」


「……分かりました」


 振り返ってギアを見れば、彼はめちゃくちゃ心配そうな顔をしていた。場違いだと思うけど、ギアに心配してもらえることが、少し嬉しいと思ってしまった。


「気をつけて」


「はい。行ってきます」


 しっかりと頷いて、足を前に進める。正直なところ、めちゃくちゃ怖かった。

 どうしよう、あんな厳かな声で怒鳴られたら、腰抜けちゃいそう……。

 一歩一歩足を進め、キリクさんを抜かして、ようやく中央にあった小島までやってきた。


 トンっと着地して、ふう、と息を吐く。ゆっくりと顔をあげれば、天井から差し込む光を浴びたグリフォンが、パチリと瞬きをした。それから、優雅に立ち上がる。後ろにいるみんなが、息を呑む音がした。


「!」


 や、ヤバイ。思っていたより、もっと大きい。

 本当に一口で食べられちゃいそう……。

 こっちへ首を伸ばしてくるグリフォンに、思わず目をつぶってしまった。

 食べられる……!?


「……」


 けれどいつまでたっても、痛みはやってこなかった。その代わり、もふりと何かが頬に触れる。


「ふわっ!?」


 思わず目を開ければ、なんとグリフォンがわたしに、頬ずりしているではないか!

 伝説級の生き物が! わたしに! モフモフしてくる!

 モフモフ。フワフワ……。


「く、くすぐったいです……!」


 す、すごい! 思っていたよりモフモフだ! ……なんて呑気なことをつい考えてしまう。でも毛の触り心地がいいのは本当だ。それでいて滑らかで、艶があって、まるで絹のようだった。

 グリフォンにぐいぐい押されて、思わずその顔にしがみついてしまう。

 後ろは湖なので、落ちてしまったら大変だ。


「あの……?」


「やっと見つけた」


「え?」


 グリフォンはすりすりするのをやめた。


「お前が選ばれた子だ」


「選ばれた……?」


 何の話だろう。やたらとすりすりしてくるから、あまり話が頭に入ってこない。


「心地よい」


 わたしはその、くすぐったいです……。

 すりすりに耐えていると、ようやくグリフォンは身を引いてくれた。思わずほっと胸を撫でおろす。後ろにいるみんなも、安堵したようにため息をついていた。もう食べられる心配はなさそうだ。改めてグリフォンを見上げると、彼は射抜くような瞳でわたしを見つめていた。


「お前、名前はなんと言う?」


「あ……クーナです。クーナ・レイリアと言います」


「クーナ」


 グリフォンはうなずくと、ようやくわたしから身を引いた。

 わたしは自然と彼の後を追って、島の中央へ歩み寄る。


「よかった。ちゃんと生きていたんだな」


「……?」


 それはこっちのセリフだ。


「あのー、えっと」


 名前とかあるのかな……。

 なんて呼んでいいか分からなくてモジモジしていると、グリフォンは頭を下げて言った。


「我が名はアレス。アレスオールだ」


「アレスオール……」


「アレスでいい」


 グリフォン……アレスはそう言うと、満足げに頷いた。

 なんとかコミュニケーションは取れそうだと、少しほっとした。

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