第九十八階層:水晶スライム


「……わっ」


 ふわりと光に包まれた後、急激に体が落下するような感覚を覚えた。

 思わず近くにいたシモンにしがみつく。目をギュッとつぶっていたら、やがて浮遊感は消えた。


「……?」


「さ、つきましたよ」


 シモンに促され、ゆっくりと目を開ける。眩しさに目が眩んで、最初、その景色がよく見えなかった。けれどじわじわと、優しい光が目に入る。


「……う、わ……綺麗……」


 思わずそんな呟きを漏らしてしまった。

 目を開けると、そこには柔らかな闇が広がっていた。松明もランプもないのにみんなの顔が見えるのは、その巨大な空間に、薄らと発光する水晶がたくさんあったからだ。

 大きなホール状のその空間は、天井や地面や壁や、あちこちから巨大な水晶が生えていた。

 水色や、薄紫や、青色。水晶は一つ一つが異なる色をしており、眩く輝いている。

 この水晶のおかげで、あたりは明るいのだろう。


「通称、魔晶階層。ここからは質の良い魔力の篭った石が採掘できるんですよ」


 シモンが穏やかに笑ってそう言った。わたしはほえ~とあたりを見回す。

 前半部隊の人たちが、私たちを待ってくれていた。


「クーナちゃん、心配しなくていいぜ。もともとこの階層は、冒険者たちがモンスターを先に壊滅させてくれていたからな」


 他にモンスターがいないかを確認しつつ、ガントさん達のパーティがこちらへやってきた。

 わたしはお礼を言おうと、そちらへ近づこうとした。


「あれ……?」


 けれど体がぐらりと傾く。なんだか、うまくバランスが取れない。

 そのまま倒れそうになってしまったけれど、近くにいたギアさんがパッとわたしの腕を掴んだ。


「大丈夫か?」


「う……」


 なんか……少し気分が悪いかも。


「酔ったんだな」


 そう言えば、あの綺麗なお姉さんに酔うことがあるって言われたっけ。

 ギアさんはわたしをそのまま、大きな岩陰に座らせてくれた。


「少し休憩してから行こう。シモン、それでいいか?」


「ええ。わたしもちょっとその辺り採掘して行きましょうかね~」


 ごめんなさい、と謝ろうとすれば、シモンは大丈夫大丈夫、と笑顔でフラフラどこかへ行ってしまった。キリクさん達も、その辺りに座って適当に休憩している。

 いきなり流れを止めてしまって申し訳ない……。


「る?」


「あ、ごめんねルル……ちょっと休憩することにしたの」


 石にもたれかかってリュックを前に抱くと、中からモコモット達を頭に乗せたルルが出てきた。

 あたりを見回して、首を傾げている。そしてわたしを見ると、不安そうに目を瞬かせた。


「る!」


「ぴよ!」


 再びリュックに潜る彼ら。しばらくしてから、何やら瓶をくわえて帰ってくる。


「ありがとう」


 どうやら飲み物を取ってきてくれたみたいだ。中を覗くと、輪切りにしたレモンが浮かんだ、冷たいレモネードが入っていた。気分が悪くて酸っぱいものが飲みたかったので、ありがたい。

 ごくごく飲むと、少し気分がマシになった。

 ふう。ダンジョンって、入るだけでこんなに疲れるんだ。


「大丈夫か?」


 不安そうな顔で、ギアさんがそう尋ねた。


「はい。もうグラグラも治ってきました」


 そう言うと、ギアさんはほっとしたような顔になった。


「よかった。酔うだけじゃなくて、この空間そのものが、迷宮初心者にとっては圧になっているからな。辛いなら無理せず言ってくれ。そのまま帰ったっていいから」


「大丈夫です」


 何もせず帰るわけにはいかない。そう言えば、彼はやはり心配そうな顔で、そうか、と呟いた。


 元気になってきたことを証明しようと、わたしは立ち上がろうとした。

 けれど岩陰に手をつくと、何かがブニョっと手のひらに触れる。


「!?」


 ぎょっとして、自分の手を見る。


「えっ」


 な、な、何これ?

 わたしの視線の先には、小さなぷよぷよとした生き物がいた。全体は薄いラベンダー色をしている。ぷよぷよの中には、何かキラキラと光る宝石のようなものが入っていた。よく見れば、つぶらな瞳もある。びっくりして、思わずびゅっと手を引いた。これ、何……?


「珍しいな。クリスタルスライムだ」


 ギアさんを見上げれば、彼は物珍しそうにぷよぷよを見た。


「クリスタルスライム?」


「ああ、別に害はないから、触っても大丈夫だ」


 自分の手を見る。よかった。どこも溶けてないや……。


「中に水晶が入っているだろう。このスライムは中の水晶を育てては、外へ吐き出し、また新しい水晶を生み出す。この水晶は魔水晶と言って、高値で売れるんだ」


「へえ、変わった生き物ですね」


「だが分裂もしなければ、めったにつがいもしないから、繁殖し辛い。レアなモンスターだよ」


 ルル達がリュックから飛び出て、スライムをクンクンと匂いだ。

 モコモット達もぴよぴよと騒ぎ出す。


「どうも、弱っているみたいだな」


 わたしはハッとした。まさか、わたしがふんづけたからじゃ……。

 慌てていると、スライムは悲しげにふるふると揺れた。


「踏んだくらいでスライムは弱らない。寿命か、なんらかの原因で弱っていたんだろう」


 ギアさんが冷静にそう言った。よかったけど、よくない。なんか、可哀想……。

 別に害もないみたいだし、どうすれば……。

 スライムを見ていると、彼女(彼?)はプルプルと揺れながら、わたしが持っていた瓶に近づいてきて、涙目でわたしを見た。


「……?」


 なんだろう。


「る、る~!」


 ルルがポンポンとわたしの手を叩いた。瓶を前足でさし示し、それからスライムの方へも向ける。

 もしかして……。


「これ、欲しいの?」


 スライムにそう聞けば、プルンっと揺れる。わたしはちょっと考えてから、中に入っていた輪切りのレモンを取り出して、キラキラ光るスライムに与えてみた。食べれるのかなぁ。


「~!」


 スライムは心なしか喜んで、ムニョムニョとそれを取り込む。

 キラキラ光るスライムの中にレモンの輪切りが入って、なんだか綺麗だった。


「少し元気になったんじゃないか?」


 それを見ていると、ギアさんが首を傾げた。


「本当ですね。さっきよりも輝きが増しているような……」


 よかったぁ。わたしのせいで、死んじゃうかと思った。

 ルル達も喜んでいた。よかったねー! という感じで、スライムをふんふん嗅ぎ回っている。


「クーナの作った飲み物は、モンスターにも効くんだな」


 ギアさんは関心したようにそう呟いた。


「そうなんですかね……?」


 プルプル震えて喜ぶスライムを見て、思う。

 この子、ただお腹が減ってただけなんじゃ……?

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