第三階層:転移魔術式


 シモンの後ろにひっついて、キョロキョロとあたりを見回しながら、足を進める。

 今、わたし達は第三階層にいる。まだあたりは明るい。上を見上げれば、今まで降りてきた崖と、ポカポカと心地よい太陽が見えた。けれど少しずつ、湿った草の香りがしてくるようになった。どこからか、水のせせらぎの音が聞こえてくるような気がする。


 大人数での移動のせいか、まるでピクニックにでも行くような感じだった。シモンはさっきから、キリクさんの文句をヘラヘラ笑って聞き流している。ギルドマスターがここまで出向いたことが珍しかったのか、ダンジョンを利用して商売をしている人たちが、物珍しそうにこちらを見ていた。


 わたしもここへ来るまでに、数人に驚いたように声をかけられた。なんの資格も持たない一般人が出向くのだから、当たり前だろう。


「どう? 緊張してる?」


 ほへーとキョロキョロしていると、頭の後ろで手を組んだルージュさんが、ニッと笑って声をかけてくれた。他にも女性の冒険者さん達が、あと四人。

 彼女らは女性だけでメンバーを組んでいる、珍しいパーティだ。


「ちょっとだけ」


 そう言ってぎこちなく笑うと、金色の髪のお姉さん──魔術師のステラさんがニッコリ笑ってわたしを抱き寄せた。


「お姉さん達が守ってあげるから、大丈夫よぉ~」


「わっ」


 ボフッと豊かな胸に顔を押し付けられて、窒息しそうになる。


「ステラ、危ないですよ」


 そう言って注意したのは、青い髪の、小さめの身長の女の子。名前はマキちゃん。今回の隊で治癒術師を務める女の子だ。喫茶店の常連さんで、いつも静かに窓際で読書をしている。大人しいけれど、すごく親切でいい人だ。歳もわたしと同じで、たまに面白い本を教えてくれる、わたしの読書仲間。


「「ずるーい!」」


 二つの声が綺麗にハモる。


「ステラだけモフモフしてる!」


「ムイムイ達もモフるー!」


「わっ」


 ドシャッと背中に子どもが二人、ひっついてくる。そして片耳ずつモフられてしまった。

 子どもの背中には綺麗な羽が生えている。彼女達は双子の冒険家。妖精族のマイマイとムイムイだ。マイマイがピンク、ムイムイが水色の髪をしている。

 小さな子どもみたいに見えるけど、実はとっても長生きしているらしい。

 妖精弓術士という、わたしもちょっとよく分からない職業をしているそうだ。


「こら、やめなって。人の耳なんて勝手に触らないの。ごめんねクーナちゃん」


「あ、いいえ……」


 ルージュさんがマイマイとムイムイをひっぺがした。


「あたしらのパーティ、うるさいでしょ」


「昔は男もいたんだけど、お前達はうるさすぎるって、愛想尽かされたのよねえ」


 そう言って、ステラさんが笑った。知らなかった。女性だけっていうことで有名なパーティだったけど、昔は普通に男性も混じってたんだ。


「まあ、そんなに緊張せず。あたしらが絶対守ってあげるからさ」


 そう言って、ルージュさんがウィンクした。


「実のところ、あたしらもちょっと楽しみなんだ」


「楽しみ?」


「うん。だってグリフォンが見られるっていうじゃん!」


 ぺろっとルージュさんは舌を出した。


「もう何年も冒険者やってるけどさ、そういう幻の生き物を見ると、なんていうかこう、冒険者やっててよかった! って思うんだよね」


「確かにいいわよねぇ。私も昔、七色の羽を持つ不死鳥を見たことがあるんだけど、あの時は感動したわ」


 二人とも感慨深そうにうなずいていた。

 やっぱり冒険者らしいなぁ。好奇心が強いというか。

 わたしだったら、怖くて冒険者なんてできないかもしれない。


「「グリフォンモフモフ~!」」


「……頼むから勝手にモフらないでくださいね」


 双子が叫び、マキちゃんが嫌そうな顔でボソリと呟く。


「地下遺跡でゴーレムを目覚めさせて死にそうになったこと、絶対忘れませんからね……」


 何やらとんでもない思い出があるらしく、マキちゃんはげっそりとした顔をしている。


「ま、とにかくシモンがいりゃあ大丈夫よ。クーナちゃんは遠足だと思ってて」


 ルージュさん達はそう言って笑った。みんな、シモンに対する信頼は絶対らしい。

 そうだよね、シモンがいれば大丈夫だよね。

 そのシモンはと言えば、


「えっ? 私の個人名義でお金を借りたですって?」


「だって足りなかったんだよ」


「勘弁してくださいよお! 私、中央から睨まれてるって何度も言ってますよね?」


「知らねーよばーか」


 な、なんかキリクさんとトラブってるけど、大丈夫だろうか……。

 そうこうおしゃべりしているうちに、あたりが暗くなってきた。人が歩くために慣らされた道を、松明が照らしている。ドキドキしながら進んでいくと、第三階層にある、ダンジョンの受付のような空間にたどり着いた。


 うわ、思ったより広い! 人も多いし、すごい賑わいだ。

 第三階層は、まるで大きなお店の集合施設のような場所だった。装備品などを売るお店や、アイテム鑑定などを行うカウンター、それに怪我人を診る救護室もあるようだ。歴戦の冒険者達もいたりして、ギルドよりは少々緊張感があった。

 私たちは地上で既に装備を整えていたため、最終確認をして、奥へ進んだ。

 シモンが現れると、奥にいた綺麗なエルフ族のお姉さんがうなずいて、扉を開ける。


「九十八階層ですね?」


「はい。大所帯ですみません~」


 お姉さんに促されて、薄暗い部屋に入る。部屋の床には巨大な魔術式が書かれていた。うっすらと輝く魔術式のおかげで、あたりは明るい。


「こちらへ。もちろん、全員一気に行くわけではありませんよね?」


「ええ。半分ずつくらいでお願いします~」


 綺麗なお姉さんが、わたしを見た。


「転移式をお使いになられるのは、初めてですか?」


「は、はいっ!」


 そう答えると、お姉さんは転移式に関する注意事項を説明してくれた。

 この空間にある転移式は、迷宮の各階層の指定された場所へ転送してくれること。

 初めて使用する場合は、大抵の人が『酔う』こと。今日は私たちのために、入場制限を儲けているから、比較的簡単に行き来できるということだった。


「ご存知かと思いますが、ダンジョンは地下へ潜るほど、体に負担がかかります。どうぞお気をつけて」


 そのことについてはシモンから説明を受けていた。ダンジョンは地上に比べ、空気中に含まれる魔力の量が多い。百階層に向けてわたしの体を少しずつ慣らしていくため、今回は転移先を九十八階層に選んだのだという。九十八から九十九階層でわたしの体を慣らし、百階層目でいざグリフォンと対面、というわけだ。


「じゃ、ギア達に先に行ってもらいましょうか」


「わかった」


 隊が二分割される。もちろん私は後半部隊だ。

 前半部隊の人たちが、薄らと光る転移式に足をのせた。その瞬間、ふわりと魔術式の輝きが増して、みんな消えてしまう。


「わあ!」


 思わず声をあげた。目の前で人が消えてしまったのだ。アルーダ国には、まだこの技術はない。これが普及すれば、世界は一気に変わるのではないだろうか。


「じゃ、そろそろ私たちの番ですね」


 シモンがそう言って、私を見た。


「準備はいいかい?」


「はい!」


 わたしはシモンの後に続いて、転移式を踏んだ。

 お姉さんが深く頭を下げる。


「ご武運を」

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