第3章 大地の迷宮と幻獣グリフォン

出発!


「わぁ……!」


 迷宮の淵に立って、眼下に広がる豊かな大地にため息を漏らす。


「見てルル。わたし達、今からあの場所に入るんだよ」


「るぅ!」


 今日は出発の日。荷物を詰め込んだリュックを背負って、わたしは一緒に行く冒険者さん達が揃うのを待っていた。その間に、第一階層──農業などに使われている、広い穴の上層部に当たる部分を見下ろしていたのだ。フィーナルダットの街は、中心に巨大な穴を持つ、ドーナッツのような特殊な形状をしている。そしてその巨大な穴こそが、迷宮だ。私は穴の淵に立って、奥底へと続く迷宮を覗きこんでいた。


 迷宮ってどんなのかといえば、まず大きな砂時計を想像してみてほしい。迷宮の第一階層から第三階層が、砂時計の上の部分。崖の連なりによって、大地が三階層に別れ、下に行くにつれて狭くなっていく。砂時計のくびれの部分を通り過ぎると、四階層目から下になる。


 そこからはどんどん空間が大きくなり、地下に向かってどこまでも階層が広がっていくのだ。

 それは果てのない、永遠に続く迷路のようなもの。

 ダンジョンの中は異空間になっていて、常識ではあり得ないほど、その階層は深いのだという。


 事実、数百年たった今でも迷宮の最奥には誰もたどり着いたことがない。

 まだ見ぬ最奥を目指して迷宮を攻略し続けることが、冒険者たちの夢なのだ。


「クーちゃん、本当に大丈夫?」


 下を眺めていると、後ろにいたルーリーが不安そうに言った。


「怖かったら、今からでもシモンに言って、やめてもらってもいいのよ」


 ルーリーはわたしがダンジョンに行くと伝えた時から、ずっとこの調子だった。なんでそういう風に心配するのかも、彼女の過去を考えればよく分かる。


「ルーリー、心配しすぎだ。シモンもいるだろう」


 ダンがそう言って、ルーリーの肩に手を乗せた。

 オロオロしていたルーリーは、それでやっと落ち着いたみたいだった。


「……そうね、シモンも、ちゃんと回復専門の職業の人もいるものね」


 シモンがギルドマスターになってから、彼は一つ、パーティ結成の際のルールを追加した。

 それは迷宮の五十階層以上を目指すパーティは、特別に認められたSランクの人以外、必ずチームに回復役を一人入れなければならないというルールだ。

 怪我の治療をできる人を入れることで、パーティの生存率が上がる。

 ルーリーが冒険者をしていたときには、このルールがなかったのだ。

 とても単純なルールだけど、このルールのおかげで冒険者の死亡率はぐっと下がったらしい。


「ルーリー、わたし、すぐに帰ってきます。転移魔術で九十八階層目まで飛べるし、こんなに大所帯なんだもの」


 わたしは後ろを振り返って、シモン達を指差した。

 今回のパーティ……というか護衛隊は、Aランク以上のメンバー十一人で構成されている。わたしはその中心で、モンスターから守られながら、ダンジョンを進むのだ。


「何か役にたてるなら、わたしも協力したいの」


「クーちゃん……」


「今度はわたしが、みんなに恩を返します」


 冒険者ギルドのみんなは、見ず知らずのわたしを、あたたかく迎え入れてくれた。自信も誇りもなかったわたしに、一から大切なことを教えてくれた。だからわたしだって、みんなの役に立ちたいのだ。ルルが進化したあの丘で、変わるって決めた。俯いて、地面ばっかり見てないで、顔をあげて星を探すんだって。だから、怖くても挑戦してみる。


「わたしも、強くなりたいんです」


 顔を上げてそう言うと、ルーリーはわたしの手をぎゅ、と握った。


「ちゃんと、怪我をせずに帰ってきてね。それまで私、心配できっと、コーヒーだって淹れられないから……」


「はい」


「もうすぐ夏のお祭りもあるでしょう? だからきっと無事に帰ってきて、花火もみんなで見ましょうね」


「花火? 花火ってなんですか?」


 潤んだ瞳をしていたルーリーだったけど、わたしのぽかんとした顔を見て、少し笑った。


「夜空にね、いろんな色の花が咲くの。とっても綺麗なのよ」


「えっ!? す、すごいです! それは魔術なんですか?」


「……ふふ、ナイショ。帰ってからのお楽しみね」


「えええ、気になります……」


 夜空に花が咲くなんて、聞いたことがない。

 花火って、一体何だろう? 見てみたいなぁ。 


「約束。ギルドのみんなで、花火を見るの。いい?」


「はい! とっても楽しみです!」


 ルーリはにっこり笑うと、わたしの頭を撫でてくれた。

 シモンが召集をかける。どうやらメンバーが集まったみたいだ。

 強い風が吹いて、私の髪をさらった。

 ルルたちにリュックに入ってもらい、私はルーリーとダンに手を振る。


「行ってきます!」


「気をつけて。怪我のないようにね!」


「帰ってきたら、美味しいパイを作ってやろう。ピピ達も、ダイエットは忘れて食べればいいさ」


 そう言って、ダンが笑った。

 私はうなずいて、シモンの元へ駆けた。

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