ダンジョンにブラシは必要だと思う?
結局、グリフォンの元へ向かうのは、わたしとシモン、キリクさんにギアさん、ルージュさんたち女性冒険者、それからガントさんたち男性冒険者の、合計十一名になった。かなりの大所帯だ。
ダンジョンに向かう前に、喫茶店で打ち合わせをすることになった。
「クーナちゃんを危ない目に合わせるわけにはいかないよ」
ルージュさんはそう言ってウィンクしてくれた。
集まったみんなは、やる気まんまん、と言ったように目をキラキラさせている。
ルージュさん曰く、珍しいモンスターに出会えるのも、冒険の醍醐味らしい。
「依頼がたまたま早く片付いたから戻ってきたらこれだ」
「神様の思し召しだ!」
「クーナちゃんを守り隊の出番だ!」
……なんでガントさんたちはそんなに気合が入ってるんだろう。
ガントさん、マルーガさん、アルドルドさんの三人は、銀のリボンの常連さん。
みんなAランクの冒険者で、見た目がかなり……いや、ちょっぴりいかつい。
でも、みんなとってもいい人たちだ。彼らが一緒に来てくれるなんて、とても心強いし、嬉しい。
ありがとうございます、と頭を下げると、「任せとけ!」という力強い声が返ってきた。
みんなと一緒なら、きっと大丈夫。
いつの間にか、わたしの不安は薄らいでいたのだった。
◆
「うーん、あれもいるかなあ」
シモンに貸してもらったリュック型のマジックバッグに、ああでもない、こうでもないと荷物を入れる。これ、すごい優れもので、リュックの中は異空間になっているのだ。
覗き込めば、中は倉庫一つ分くらいのスペースがある。シモンはそんなに荷物はいらないと言っていたけれど、やっぱり着替えとか、タオルとか、毛布とかは必要だろう。
そうそう。迷宮の百階と言っても、そこまで徒歩で降りるわけじゃない。
便利なことに、九十八階層目に「転移魔術式」と言うものが施されているらしく、迷宮の三階層目からそちらへ一気に飛べるのだそうだ。三階層目までは一般人も入ることができ、農場やお店、冒険者さんたちが使用する施設などもある。なので、比較的安全な三階層目に、転移魔術式が設置されているんだって。
「ズボンに穴を開けておいてもらってよかった」
以前買った、動きやすいズボンをチェックして、ホッとする。
スカートばかりじゃつまらないから、とエレンさんに勧められて買ったものだ。
動きやすさと丈夫さもチェック済みなので、これがあればある程度運動もできるだろう。
「るう~!」
カバンのそばに座って服を畳んでいたら、ルルが何かをご機嫌そうにくわえて走ってきた。
「? どうしたの?」
「るうう!」
見ればルルはブラシを持っていた。ルルの毛を梳く用のやつ。
「今はダメだよ。後にしてね」
「るん」
ルルは「違う」とブラシをくわえたまま、首を横に振った。
「?」
どうしたのかな。
なんだろうと思って見ていると、ルルはブラシをリュックにぐいぐいと押し込んだ。
「あっ! ダメだよルル」
「るぅ」
「ブラシは持っていかないよ……」
「るー!」
「だって必要ないでしょ?」
ルルは全然言うことを聞いてくれない。持っていくの! と強気で言ってくるものだから、わたしはどうしたものかと考えた。
大体、ルルやピピたちには、お留守番してもらおうと考えていたのだ。
「あのね、ルルたちにはおうちで待っていてもらいたいんだ」
「!」
「ピピたちも。ルーリーのところでおいしいごはんを食べるのはどうかな?」
「るううう!」
ルルは怒った。
一緒に行く! って言ってるみたい。
そうしたらバスケットの中で惰眠を貪っていたモコモットたちも起きて、大騒ぎし始めた。
ピピが羽をバタバタさせて、自分とルルをさす。
──わたし達、精霊だから役に立つよ!
まるでそんなことを言っているみたい。
「そういえば君たちって、もともとダンジョンに住んでたんだもんね」
「ぴー!」
必死にうなずくモコモット達。
どうしたものかと思っていると、ルルはびゅっと走って、リュックの中に飛び込んでしまった。
ピンクのしっぽが入り口に引っかかっていたけれど、それもするりと消えてしまう。
「あっ……」
「るー」
「ダメだよ、出てきてよルル」
リュックの中に手を突っ込んで引っ張り出そうとしたけれど、ルルは器用に避けて出てこない。
「ルル……」
「……」
呼びかけても反応はない。どうしたものかと考えて、わたしはルルに自分の本心を打ち明けた。
「……ルル、わたしね。ルルが進化したあの丘で、弱虫な自分を変えるって、決めたでしょう。ダンジョンに行くの、危険だし、本当はすごく怖いよ。でもみんながわたしを守ってくれたように、今度はわたしも大切なみんなを守りたいの。大切なみんなには、ルルや、ピピ達も入ってるんだよ」
だからこそ、わざわざ危険な場所にルル達を連れて行きたくない。
そう言うと、ひょっこりとルルがリュックから顔をのぞかせた。少し怒ったような顔をして。
「る! るーう!」
ルルは小さな前足で、わたしの手をぽんぽんと叩いた。それから自分自身をさす。
──わたしも同じ気持ちだよ。
ふと、ルルがそんなことを言ったような気がした。
「ルルも、同じ気持ち……?」
「るん!」
そう! とルルは頷いた。その目はとても真剣で、まるでわたしを心配しているようだった。
そこで初めて、わたしは気づいた。わたしがルル達を心配しているように、ルル達だって、わたしを心配しているのだと。
「……そっか。約束、したもんね」
ルルが誘拐された時、もう置いていかないって。わたし達は、ずっと一緒だって。そう約束した。
ルル達の知らないところで、わたしが怪我をしたり、危ない目にあったら……きっとそれはルル達にとって、すごく悲しいことなのかもしれない。いや、きっとそうなんだ。
昔とはもう違う。今はたくさん、わたしを心から心配してくれる人がいるんだ……。
「……わかった。ごめんね、置いていこうとして。一緒に行こっか」
「!」
「ただし、絶対わたしのそばから離れちゃダメだよ? ずっと一緒にいてね」
「るぅん!」
「ぴー!」
みんなは嬉しそうに、ぴょこぴょこと跳ね回った。その様子が可愛くて、体から力が抜ける。
ダンジョンは危険な場所だ。だけどみんなで力を合わせれば、何かあってもどうにかなるかもしれないもんね。
「あと、今は準備中だから、静かにしていてね」
そう言うと、モフモフ達はうんうんと頷いた。
よし、さっさと準備を済ませちゃおう。
そう思って、わたしは作業を再開した。
「むぴー!」
モコモット達は縦に並び、バケツリレー方式で大量におやつを運んでリュックに詰め込んでいく。
ほ、本当に大丈夫なのかな……!?
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