グリフォンの要求

 ノックしてギルドマスターの執務室に入る。

 エレンさんの言った通り、そこにはキリクさん達が待っていた。


「キリクさん! 無事だったんですね!」


「おー。全然元気だわ」


「よかったです」


 ホッと胸を撫で下ろす。けれどキリクさんは、わたしを見て少し眉を下げた。ちょっと罰が悪そうな、申し訳なさそうな……。三人でなんの話をしていたんだろう?


「クーナもどうぞ座って」


 シモンに促され、首を傾げつつソファにお邪魔する。


「あの……?」


「ごめんね、突然呼び出したりして」


 シモンは苦笑して、片眼鏡の位置を調整した。珍しく判断に困っているようだった。

 それから彼はお茶とお菓子を用意してくれて、わたしは慌ててお礼を言った。ルル達はエレンさんに見てもらっているので、今日はお菓子も突然無くなったりはしないだろう。


「隠しても仕方ないから、簡単に説明する。よく聞いておけよ」


 しばらく雑談したのち、キリクさんがそう切り出した。

 わたしは思わず、ピンと背筋を伸ばした。


「まず、俺がダンジョンに現れたっていう、幻獣の調査をしていたのは知ってるよな?」


「はい」


「で、実際行ってきたわけだが……」


 キリクさんの話はこうだ。

 まずダンジョンには、階層というものがある。地下へ潜れば潜るほど、中に潜むモンスターが強くなるため、奥へはそれなりの冒険者しか進めないのだという。けれどその分、リターンも大きくなるので、多くの冒険者達が地下へ地下へと向かう。


 そして最近になって、迷宮の百階層目で、ある冒険者パーティがこのダンジョンにいるはずのない、レイドボス・モンスターを見つけた。


 ダンジョンは九階層進むと、次の階層には必ず、強力なモンスターがいるという法則がある。十階層に一体いるそのモンスターを「ボスモンスター」と呼ぶ。その法則と同じように、九十九階層進むと、次の階層では、さらに強力なボスモンスターが出現する。百階層に一体いるそのボスモンスターのことを「レイドボス・モンスター」と呼ぶらしい。レイドボスは、パーティを連結させないと到底倒せないほど強く、巨大な場合が多いそうだ。


 ちなみにSランクの冒険者になるための条件に、レイドボスを一人で倒さなければいけない、と言うものがあるんだって。キリクさんはその条件をクリアしてSランクの冒険者になった。だから相当すごい人なのだ。


「で。俺も見てきたわけだが」


 キリクさんがわたしの目を見て言った。


「グリフォンがいたんだわ」


「ぐりふぉん……?」


 あ、いけない。わたし、全然モンスターのこと分かんないや。

 シモンが察してくれたのか、本棚から図鑑を抜いて、わたしのために該当ページを開いてくれた。


「これですね。国の保護種に指定されています」


「わぁ」


 図鑑を覗き込むと、体はライオン、顔と翼は鷲のような形をした、立派な生き物の絵があった。

 鋭い鉤爪とクチバシを見ていると、どきっとする。普段気の抜けた幻獣を見ているせいか、結構怖い……。それで、このグリフォンがどうかしたんだろうか?

 わたしが首を傾げていると、キリクさんが苦々しそうに言った。


「目に見える怪我はなかったが、なんだか弱っているみたいだった。ポーションでも飲ませて元いた場所に帰ってもらおうと思ったんだが、これがなかなか言うことを聞かなくてな」


「……」


 ダンジョンの中には空間の歪みがあり、時々歪みを通して、ダンジョンの外から中へと迷い込んでくる生き物もいるのだという。キリクさんはグリフォンをポーションで治療してダンジョンの外へ出そうとしたらしい。けれど全然うまくいかなくて、何日もかかってしまったそうだ。


「向こうも全く折れてくれないからよ。俺、頭にきて」


「えっ! 斬っちゃったんですか!?」


 思わずそう言えば、キリクさんは顔をしかめた。


「ばっか、そんなことするわけねぇだろ。でもまあ、帰ろうと思ったんだよ」


 そうしたら、とキリクさんはあの時のことを思い出すように呟いた。


「グリフォンが俺に要求しやがった。カバンの中の食い物をよこせ、と」


「……?」


「お前さ、覚えてる?」


「え?」


「俺が出発する時、弁当と飲み物、作ってくれただろ」


「……あ、そういえば」


 ほうれん草と卵のキッシュに、えーと、確か蜂蜜レモンを作ったんだっけ。


「あれをよこせって言うんだよ。でも俺、もうその時には全部食っちまったし、蜂蜜レモンが少し残ってただけだったから、それをやったわけ」


 そうしたらなんと、ポーションを受け付けなかったグリフォンが、器用にクチバシで中身を飲んだというのだ!


「す、すごいです!」


「すごいんだよ、すごいんだけどよ……」


「へ?」


 キリクさんは罰が悪そうにわたしを見た。


「そいつ、どうもその味が気に入ったのかなんなのか分かんねーけど。作ったやつを連れて来いって言うんだよ」


「……」


「そうしたらこのダンジョンからいなくなるから、と」


 ……作ったやつを連れて来い? 


 作ったやつってだれ……? 


 あれ……?

 

 わたしなのでは……?

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