ルルの怒り


 幻獣がダンジョンへやってきたという噂は、瞬く間に街へ広がったらしい。喫茶店でも、最近はその話題で持ちきりだった。キリクさん、大丈夫かなぁ。


「それにしても、幻獣が弱ってるなんて、どういうことなんだろうね」


 喫茶店に来ていたルージュさんが、コーヒーを飲みながら呟いた。


「幻獣が弱ることは、珍しいんですか?」


「幻獣はさ、強いから病気とかしないの。だから弱る原因って言ったら、外からの要因しかないわけじゃない?」


「ああ……」


「無理やり誰かが、狩ろうとでもしたのかもね」


 わたしはふと、ルルを見た。ルージュさんに指でもふ毛を撫でられて、きゅるきゅるとご機嫌な声を上げている。モコモット達は美味しいおやつが食べられなくて、日向で不貞寝していた。


「ルルもわたしと会ったとき、怪我してたよね……?」


「る?」


 足が折れてたんだけど、あの時は確か、治癒術師さんが治してくれたらしいのだ。


「ルル、あの時の怪我って、なんで……」


「ぐるぅ!」


「わっ!」


 いきなりルルが歯を剥き出しにして唸るものだから、わたしもルージュさんも、驚いて声を上げてしまった。


「ど、どうしたの? あたし、変なところ撫でちゃったかな?」


 ブワッと逆立っているルルの毛。

 びっくりしすぎて、わたしとルージュさんは顔を見合わせて唖然とする。


「ルル……?」


 どうも、あの時の怪我の話が、気にくわないようだった。

 わたし達がオロオロしている様子に気づいたのか、ルルは一気に萎んで、いつも通りになった。


「きゅるぅん」


 ごめん、というように耳を下げる。


「び、びっくりした……」


 元に戻ったルルを見て、ホッと胸を撫で下ろす。そういえば前も、確か聖女様の話をしたときに、ルルはすごく唸っていたような気がする……。


「ねえ、ルルも怪我してたの?」


 ルージュさんはわたしに耳打ちした。わたしはこくんとうなずく。


「そうなんです。初めて会ったとき、足が折れてて。それを手当てしていたら、懐かれたんです」


「……そういえば、アルーダ国にカーバンクルがいたなんて話も、なんか変よね」


 ルージュさんは首を傾げた。炎のように赤い髪がさらりと揺れる。


「それにルルだって幻獣なんだから、怪我してもすぐに治るはずなのに」


 ルージュさんはポツリと言った。


「……それを妨げる何かがあったとか?」


「何か、ですか?」


「ひょっとして、誰かに故意に傷つけられたんじゃない? ピピ達の時もそうだったじゃない」


「えっ?」


 まさか。足を折るなんてひどいことする人、いないだろう……そう言いかけたとき。


「クーナさん、ちょっといいですか?」


「はい?」


 振り返れば、エレンさんが困った顔で立っていた。


「あのぅ、どうもキリクさんが帰ってきたみたいで」


「! キリクさん、無事でしたか!?」


「いつも通り、怪我もなーんにもなかったんですけど。なんかクーナさんを呼んでこいって。ギルドマスターの執務室に、マスターとキリクさん、あとギアさんがお越しになっています」


 エレンさんは不安そうな顔でわたしを見た。

 わたしはまたしても、ルージュさんと顔を見合わせてしまった。

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