第2章 迷宮に潜むもの
やってきた報せ
「なんだか、ホールの方が騒ついているな」
人もまばらな午後の時間。
やることがなかったので、キッチンでダンにほうれん草とベーコンのキッシュの作り方を教えてもらっていたら、ふとダンがそう言った。
つられてホールの方を見れば、確かに、なんだかたくさんの冒険者さん達が集まっている。
「本当ですね。どうしたんでしょうか?」
首を傾げていると、人混みの中からキリクさんが出てきて、喫茶店にやってきた。
いつもみたいにどこか気怠そうに椅子に座ると、ため息を吐く。
「ねえキリク、なんだかホールが騒がしいみたいだけど、どうしたの?」
植物のお世話をしていたルーリーが、キリクさんにそう聞いた。
キリクさんはコーヒーをわたしに頼んでから、面倒そうに言った。
「うちんところのダンジョンに、幻獣が出たってよ」
「! 幻獣!」
ルーリーが目を丸くした。幻獣って言ったら、ルルも一応幻獣とか、神獣とか呼ばれるレアな生き物だ。この国では、人に危害を加えない珍しい生き物は傷つけちゃダメなんだって。特に人と同程度かそれ以上の知能を有する生き物は、傷つけると犯罪になってしまう。
「どんな幻獣なんですか?」
わたしがそう聞くと、キリクさんは首を傾げた。
「いや、俺もあんまり話を聞いてねぇからよく分かんねぇけど、どうも怪我をして弱ってるって言う話だ」
淹れたてのコーヒーをキリクさんに出す。キリクさんはお礼を言うと、手をひらひらと振った。
「まあ、俺には関係ない話だし──」
「あ、いたいた!」
キリクさんがそう言いかけたところで、喫茶店に二人の人物がやってきた。
見れば、一人はシモンだった。いつもみたいに愛想よく微笑んでいる。そしてもう一人は、カッチリとした黒い制服を身に纏った男の人。
彼はこの街を魔術で守護する「杖騎士団」の団長。名前はギアさんと言う。
二本の杖が交差する紋章が縫い付けられた軍帽を脱ぐと、彼はわたしを見て、少し微笑んだ。ギアさんの青緑の瞳に、わたしはいつも不思議と吸い寄せられてしまう。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
慌てて挨拶を返す。最初の頃は怖い人だと思っていたけれど、先の人身売買事件からわたしを助けてくれたりと、すごく優しくて頼りがいのある人だ。何しにきたんだろう、と思って首を傾げていたら、二人はキリクさんの席に近づいた。キリクさんは嫌そうな顔をしている。
「なんか嫌な予感……」
「嫌な話をしにきたんじゃないですよ。ただダンジョンに調査に行ってもらおうと思って」
「ほら嫌な話じゃねぇか!」
キリクさんはしっしと手を振った。
「俺、忙しいからヤダ。行かねーからな」
「そんなこと言わないないでくださいよぅ」
「この街に何かしら被害が出たら、杖騎士団としても困る」
ああ、なるほど。それでギアさんはギルドに来てたんだ。
ダンジョンの外の秩序は杖騎士団が、ダンジョンの中の秩序は冒険者が守る。杖騎士団と冒険者は、お互いに連携してフィーナルダットを守っているのだ。
三人はしばらく、今回の件についてテーブルで話し合っていた。話の内容は気になるけど、あんまり聞いちゃダメだよねとソワソワしていたら、ちょうどオーブンのタイマーが鳴った。
ダンがオーブンの扉を開けると、フワッといい匂いがあたりに漂う。
「わあ、いい匂い……!」
「クーナ、初めてにしては上出来だ」
「本当ですか?」
「ああ」
ダンに褒められたのが嬉しくて、しっぽをふわふわと振る。
いい匂いに釣られたのか、お昼寝していたモフモフ達が、早速こちらへ駆け寄ってきた。
「きゅるー!」
「ぴーっ!」
嬉しそうにしている四匹には酷だけど……でも仕方がない。
「ダメだよ、君たちは」
えっ、みたいな顔をするモフモフたち。
「お昼ごはん食べたでしょ?」
食べましたがそれが何か……? と言いたげな顔。
「これ以上食べたら、体にも悪いから。しばらくはちょっと控えよう? ね?」
そう言えば、四匹の目が潤む。
「るぅ……?」
「ぴぃ……」
うっ。ちょっとかわいそう……。でもとうとう、ピピ達なんか、パツンパツンになってはちきれそうになってるもんね。ここは心を鬼にして、キッシュをしまわなきゃ。
ごめんね、と言いながら、ダンと一緒にキッシュを保存庫にしまっている間に、キリクさん達の話はまとまったようだった。
「なんで俺が行かなきゃいけねーんだよぉ。女の子と約束してんのによぉ!」
……まとまってないみたいだった。
「必要なら、杖騎士団からも資格持ちの団員を派遣しよう」
「ばっか、いらねぇよ。お前らみたいなクソ真面目魔術オタク軍団連れて行くくらいだったら、一人で行く方がマシだっての!」
キリクさんはツーンとそっぽを向いた。な、なんて言いよう……。
「今、ガント達が出払ってますから、あなたにしか頼める人がいないんです。うちが管轄するダンジョンで幻獣が死んでしまったら、私がチクチク中央から文句を言われるんですよ」
かわいそうでしょ? とシモンは目を潤ませた。
「かわいそうなんかじゃないね! いつもこき使いやがってこの若作りの性悪魔術師!」
「あ、やってくれるんですねありがとうございますぅ」
シモンは笑顔で書類にサインとスタンプを押して、キリクさんに押し付ける。
「は!?」
……なんだかよくわからないけど、話はまとまったみたいだった。
「仕方ないじゃない。文句言ってないで、さっさと準備でもしたら?」
さっきからぶつくさと文句の止まらないキリクさんを宥めつつ、ルーリーはキッシュを切り分けて、持ち歩き用の保存箱の中に詰めていた。この保存箱、中のものを腐らないようにするとっても優れた発明品で、冒険者たちにも愛用されている。
わたしも作った蜂蜜レモンを同じような保存瓶に詰めた。
ルーリーはそれを受け取ると、どん、とキリクさんのテーブルの上に置いた。
「はいこれお弁当! さっきクーちゃんが練習してたやつ。腐らないから、しばらくは大丈夫よ」
「……どうも」
キリクさんはふてくされていたけれど、もう仕方ないと観念したのか、ルーリーが用意したものをマジックバッグに放り込んで立ち上がった。
「気をつけてくださいね」
「おー。帰ってきたらまたなんか作って」
「はい!」
キリクさんはひらひらと手を振って、行ってしまった。本当に大丈夫かなぁ。
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