エレナ・レイリア


「まさか、クーちゃんと同じ白狼族の人と出会うなんて、思わなかったわね~」


 イングリットさん達が去った後。ルーリーはほっぺに手を置いて、驚いたわと息をついた。


「わたしも。まさかこんなに突然出会うなんて……」


「でもよかったわね。悪い人たちじゃなさそうよ」


「はい」


 テーブルの上でじゃれあうモフモフ達を見ながら、わたしはほっと息をついた。

 あの人たちの言うことが本当なら、もう白狼族はほとんどいなくなってしまったのかもしれない。

 だったら、わたしのお母様は、一体どこから来たんだろう?

 グランタニア以外にも、白狼族の人たちが住んでいる場所があるのかな。


「……」


 ダンはさっきから何かを考え込むように、腕を組んでじっと床を見つめていた。


「ダン?」


 思わず声をかければ、珍しくびくりと肩を震わせる。


「どうかしましたか?」


「……いいや」


 そういえばさっきも、何か言いかけていたよね。一体どうしちゃったんだろう?


「……クーナ、きっとこの縁は大切にした方がいいと思う」


「えっ?」


 ダンは突然、そんなことを言った。


「自分の種族のことで分からないことがあったら聞けるし。あの人たちだったら、困ったら助けてくれるだろう」


「は、はい」


 ダンが真剣にそう言うから、わたしはうんうんとうなずいた。


「今日はもう、おしまいにしましょう。クーちゃんもびっくりしたでしょう」


「そうですね……」


 バタバタしているうちに、気がつけば日が傾き始めている。

 わたしもルーリーも疲れちゃって、その日はもうお仕事は終わりにすることにした。



「今日はびっくりしたねー、ルル」


「る?」


 ランプの薄い灯だけをつけて、ベッドで横になりながら、わたしはルルに向かって呟いた。


「そういえばルルはさ、お父さんとかお母さんとか、いないの?」


「……」


「ルルって、どこで生まれたのかな。もしかして本当はあの森に、お父さんとお母さんがいたの?」


 そんなことを聞くと、ルルは首を傾げた。別に悲しそうじゃない。

 まるで、そんなの分かんない、と言っているみたいだった。


「きゅるぅ」


「ふふ、くすぐったい」


 進化してから、余計にモフモフになった胸毛を擦り付けてくるものだから、わたしはクスクスと笑ってしまった。


「そうだよね、わたしもよく分かんないや……」


 もふもふ達がちゃんとバスケットで眠っているのを確認してから、わたしもランプを消した。

 疲れていたのか、その日はすぐに眠りの中へ落ちてしまった。

 イングリットさん達に会ったからだろうか。とても懐かしい夢を見た。


 幼い日、お母様とお父様と一緒に、庭でお茶をしたことがあった。お母様は遠い花園をじっと見つめていた。その膝に座っていたわたしは、お菓子をおもちゃにして遊んでいた。


「エレナ」


「……」


「エレナ、クーナがお菓子で遊んでいるよ」


「……あっ」


 お父様がお母様の名を呼んだ。一度目、お母様は気づかなかったようだった。二度目に名を呼ばれて、慌ててお父様を見た。


「エレナ」


「え、ええ」


 どうしてだろう。私たち獣人族は、耳がいい。ぼうっとしていたにしても、このくらいの距離なら絶対聞こえたはずなのに。今思い出してみると、それはまるで、お母様が自分の名を「エレナ」と認識できていないようにも思えた。

 わたしの考えすぎ、なのかな……。


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