探し人

 嘘をついても仕方がないので、本当のことを答える。


「あの……わたし、グランタニアで生まれたわけじゃないんです」


 わたしは恐る恐るそう言って、二人を見た。


「……隣国の、アルーダ国の出身なんです」


 そこまで話して、口を閉じる。会ったばかりの人に、自分のどうしようもないほど重い出生を明かすなんて、向こうも迷惑だろうと思ったのだ。

 どうしたものかと言葉を選んでいると、レアが眉を潜めた。


「アルーダ国?」


「はい」


「アルーダ国って……あの種族差別が激しい?」


 なんとか、家の事情のことは避けて二人に話をする。


「えと、母の生まれはよく分からなくて……その、わたし……」


 話しているうちに、二人ともわたしの様子がおかしいことに気づいたのだろう。

 顔を見合わせて、少し首を傾げていた。ルーリーはクーちゃん、とわたしの肩に手を置いて、首を横に振った。それ以上は言わなくていいわ、と囁く。

 それを見ていたイングリットさんは、慌ててわたしに言った。


「ごめんなさいね。会ったばかりなのに、いきなり失礼なことを聞いてしまって。いいのよ、そんなに詳しい事情を求めているわけではないから」


「……」


 レアは何かもの言いたげに、イングリットさんを見ていた。けれどわたし達の様子に何かおかしなものを感じたらしく、それ以上聞こうとはしなかった。あわあわしていると、それまで黙っていたダンが口を開く。


「失礼だが」


「はい?」


「あんたらはもしかして、リュシア公爵家の者じゃないのか?」


「えっ」


 貴族だったの?

 わたしとルーリーがギョッとしていると、レアはため息をついて首を振った。


「えらいのはあたし達じゃなくて、お爺様ね! 確かにあたし達はリュシアの血筋の者だけど、ほとんど関係ないから」


 イングリットさんが申し訳なさそうに、情報を補助してくれた。

 なんと、二人はこの国が始まってからずっと続いている、名門リュシア公爵家の者で、イングリットさんのお父さんが、現在の公爵位を継承しているのだという。

 めちゃくちゃえらい人だ……! と焦ったけれど、レアもイングリットさんもあんまり気にしていないようだった。


「そうだとしたら……」

 突然、ダンがわたしを見た。


「?」

 なんだろう。


「あんたら、もしかして……」


「いえ。私たちは本当に、旅行でここへ来ただけです。もう少しで夏の祭りも行われるでしょう?」


 そういえば以前ルーリーから聞いたことがある。この街の夏祭りって、すごく綺麗なんだって、国一番だって言ってた。わたしも見るのを楽しみにしているのだ。


「ただ、あのう……」


 イングリットさんは何か聞きたそうにわたしを見た。


「? どうかしましたか?」


 聞き辛そうにしていたので、首を傾げて続きを促す。


「その……差し支えなければ、お母様の名前をお聞きしても?」


 ああ、なるほど。もしかしたら、何か繋がりがあったかもしれないもんね。


「……エレナと言います。エレナ・レイリア。この姓を継ぐ前の母のことは、知りません」


「……」


 イングリットさんは、なぜか少しだけ、残念そうな、それでいてほっとしたような顔をした。


「全然聞かない名前ね! あなた達の一族は、大陸のどこで生まれたのかしら?」


 レアもしきりに首を傾げていた。


「よく分からないです。母は早くに亡くなってしまったので」


「!」


 レアはびっくりした顔をしたのち、耳をしょぼしょぼと下げて、こちらを見た。


「……ごめん」


「いいんです。亡くなったのはわたしが幼いころで、もう悲しみは乗り越えましたから」


 わたしがそう言って、大丈夫と手を振っていると、イングリットさんもパッと頭を下げた。


「本当にごめんなさい。初対面なのに、不躾なこと聞いてしまって」


「大丈夫です。わたし、同じ種族の方に生まれて初めて会えて、嬉しいです」


 そう言うと、二人は目をまんまるにした。


「まあ、そうだったの」


「……あたし達、しばらくの間ここにいるから。何か聞きたいことあったら、来なさいよ」


 レアはゴソゴソとメモに何かを書いて、わたしに渡した。

 内容は、街にある宿屋の住所だった。


「いいんですか?」


「ええ、もちろんよ。あなたのご都合の良い時に、また来てください。白狼族に会ったことがないのなら、種族のことをお教えしますよ」


 そう言うと、イングリットさんは立ち上がった。テーブルにお金を置いて、頭を下げる。


「突然お邪魔してごめんなさい。今日はもう、これくらいにしておきます」


「あ、お母様!」


 レアは名残惜しそうにこちらを見たけれど、イングリットさんに促されて、仕方なくそのあとをついて行ったのだった。

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