もう一つのスキル


「あれ、おかしいな」


「?」


 シモンが首を捻ったのは、週に一度ある、わたしのための勉強会の日だった。

 魔力が全くない、ゼロの人の場合、精神に強いショックを受けると、特殊なスキルが目覚める場合がある。そういう人のスキルは大概が強くてコントロールするのに苦労するらしい。


 幸いわたしの癒しのスキルは、暴走することはなかった。ほんの少しだけ、食べ物や飲み物に、癒しの力が宿るだけだ。だけどこの先何があるかわからないから、ギルドマスターであるシモンに、スキルのことや魔術のことなどを教わっているのだった。


 目の前に座ったシモンは、真っ白な髪にモノクルをかけている。本当の瞳の色は灰色だけど、今は金色。それは彼が「鑑定眼」という特別な能力を持っていて、今はそれを発動しているからだ。その能力はあらゆる人や物の情報を確認できるというものだった。


「どうかしましたか?」


 わたしが首を傾げると、シモンはんーと呟いた。


「なんか、もう一つ、ロックされたスキルが増えていますね」


「えっ?」


「まだ目覚めていないのか、またモヤがかかった感じで、よく見えません」


 どう言うこと? わたしは「癒し」と言う特別な能力に目覚めているはずだ。それなのに、もう一つあるってこと? わたしが不安そうな顔をしていると、シモンは苦笑した。


「不思議ですね~。まあ悪い物じゃなさそうだし、またしばらく様子を見てみましょうか。たまにいますよ、何個か持っている人」


「そうなんですか……?」


「うん。大丈夫大丈夫」


 シモンがそう言うのなら、大丈夫なのだろう。わたしはほっと胸を撫で下ろした。

わたしがスキルについてぼんやり考えている間、シモンはルルたちにお菓子をあげていた。

 みんなはお菓子を食べて、わたしが勉強している間も静かにしてくれていた。


「あ、そうだ」


 シモンはポンと手を打った。


「君宛にベルタ公爵から手紙が届いているんですけど。見てみます?」


「……」


 わたしは思わず目を伏せた。

 ──ベルタ公爵。

 もうあんまり気にしていないとはいえ、その記憶を思い出すのは少々気が重い。


 ほんの少し前、わたしはベルタ公爵の三男だと言う、アルバートさんという人とトラブルを起こしてしまった。彼は亜人──人間以外の種族のことをそう呼ぶ。グランタニアでは差別用語だ──差別主義者だったらしく、なぜかわたしを召使にしたいと、ずっと言い寄っていたのだ。


 それを放っておいたら、最終的に彼は亜人の人身売買や珍しいモンスターの密輸に関わる組織に、わたしを攫うように依頼してしまった。わたしは実際攫われかけたんだけど、ギルドの人たちや、この街を守る杖騎士さんたちが助けてくれたおかげで、今も元気にここで働けている。


「あの……内容は……?」


「私もまだ見てませんけど、多分謝罪文か何かでしょうねー」


 私が見ましょうか? と言われて、思わずうなずいた。

 シモンはサクサクとペーパーナイフで手紙を開封して、中身に目を通した。


「あー見事な謝罪文ですねー」


「……」


「しかも君が読まないと思って、中身は私に宛ててありますね」


 シモンが苦笑した。少し申し訳なくなる。

 だけどもう、しばらくはアルバートさんに関わりたくないから……。


「まあ君は読まなくて大丈夫。この縁は、私がしばらく預かっておきましょう」


 そう言って、シモンは微笑んだ。


「……何から何まで、ありがとうございます」


 思わず頭を下げれば、シモンに止められた。


「君は私の保護下にあるのですから、気にしないで。それにまだ、あの事件は解決していませんからね」


 アルバートさんがどうやって組織との繋がりを手に入れたのか、そしてあの組織の構造はどうなっているのか。聞くのも億劫だったからずっと聞かずにいたけど、今は少し気になった。


 わたしの気持ちが分かったのか、シモンは苦笑して言った。


「捜査自体は進んでいますよ。アルバートがどうやって組織と繋がったかも、もう分かっています。結構ややこしい呪術がかかっていて解析に手間取っちゃったんですけど、それももう終わったし、今頃全部情報を吐いてるんじゃないですかねー」


「? シモンも解析に協力したんですか?」


 あの人、王都に護送されたって聞いたけど……?


「言ってませんでしたっけ?」


 シモンはニッコリ笑った。


「うちのギルドに損害を出すような人は、きっちり絞っておきませんとね!」


「……」


 シモンっていつもニコニコ笑っているけど、結構怖い人なのかもしれない……。


「ま、情報が出揃うまで、気楽に待ちましょってとこですかね」


「……はい」


 手紙はやっぱり、シモンに預かってもらうことにした。まだ直接見る勇気はない。それに、ベルタ公爵の謝罪なんて必要ない。事件を起こしたのは、息子のアルバートさんだから。


「こういう縁は、案外いつか使える時が来るかもしれませんよ?」


「……使える?」


 シモンは悪戯っぽくウィンクした。よく分からないけど、シモンに預かってもらえれば、安心だ。

 もう何もしなくていいと伝えて欲しい、とシモンに頼んで、その日の勉強会は終わりになった。

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