第1章 白狼族の仲間

ヒヨコたちの変化とおかしな噂


「クーナちゃん、アップルパイ一切れと、迷宮ベリーのジュースもらえる?」


「はい、ただいま!」


 お客さんの注文を取ると、わたしはキッチンへ向かった。

 キッチンの中には料理を担当するダンとルーリーがいる。

 わたしが注文内容を伝えて、注文表をボードに貼ると、ルーリーがニコニコして言った。


「クーちゃん、もうすっかり様になってるわねぇ。レジもできるようになったし、本当に助かるわ」


 ルーリーはぽんぽんとわたしの頭を撫でてくれる。嬉しくなって、しっぽをチョロチョロと振った。『銀のリボン』は、ダンとルーリー夫妻によって経営されている。二人とも、元々はAランクの冒険者だったけれど、事故でパーティメンバーを亡くし、今はこの喫茶店を経営しているのだ。

 縁の大切さを知っているからこそ、この喫茶店でいろんな人と縁を結べるように『銀のリボン』っていう名前にしたんだって。


 ダンとルーリーは、この街に来たばかりで右も左も分からない私の世話をしてくれた。その上、喫茶店で働かないかと誘ってくれたのだ。二人はわたしのお父さんとお母さんみたいな存在なので、いつも頼りにさせてもらっている。


「お客さんも増えてきたし、ルーリーがキッチンにいる方がいいです」


「あら、そうかしら」


「はい。ルーリーの作る料理も、ダンの作る料理も、美味しいから」


 そう言ってにっこり笑う。少し前までは、私が注文を取れなかったのと、人数が少なかったせいでルーリーも給仕を担当していたけど、今はキッチンに入ってダンを手伝っている。

 わたしができる仕事が増えたのと、アルバイトの子がもう一人入ったからだ。


「クーナお姉ちゃん、リボン解けてるよ」


「あ! ありがとう」


 わたしのエプロンを結んでくれたのは、水色のサラサラした髪を二つに結わえた可愛い女の子。

名前はソラリスちゃん。この子が銀のリボンで働くもう一人の店員さんだ。

 ソラリスちゃんの肩には、ピピたちと同じ、オレンジ色のモコモットが乗っている。


「……マルモは、肩に乗せるのにちょうどいいくらいの大きさだね」


 思わずソラリスちゃんのモコモット……マルモを見て、そう呟いてしまう。

 元々、モコモットたちはソラリスちゃんの実家のパン屋さんが使用している物置小屋で、彼女が拾って育てていたものだ。色々あって、それが大爆発&大分裂して、今の状態になった。


「あいっ変わらず、クーナのところのひよこはデブだよな」


 カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた剣士さん──Sランク冒険者のキリクさんが、呆れたように呟いた。キリクさんは女癖が悪かったりトラブルメーカーだったりと、いつもシモン……ギルドマスターに怒られている。でもやるときはやる人なので(実際わたしも何度も助けられている)、そこがちょっとかっこよかったりするのだ。


「これ、本当にダンジョンの精霊なのかよ。着実にローストチキンへの道を辿ってるような気がするぜ、俺」


「ぴ?」


 お客さんにお菓子を分けてもらって大喜びしていたモコモットたちが、顔をあげた。


「まあ、丸っこい方が美味しそうだし……いてっ! おいやめろよ! 丸焼きにして食うぞ!」


 ピピが怒って、キリクさんを突っついた。


「むぴー!」


 ルルもモコモットも賢い。普通にわたし達の会話を理解している。


「ピピやめて。危ないよ」


「ぴ」


 止めれば、ピピは鼻を鳴らして攻撃をやめた。

 最近、この三匹のモコモット達も、性格がすごくはっきりしてきたんだよね。

 ピピはめちゃくちゃ元気。リリはマイペース。ララはとにかくそそっかしい。共通点は、やたらと食べる。こんな感じかな。

 もしかしたら成長してるってことなのかもしれないけど……。

 そういえば、ルルは進化したけど、モコモットは進化するのかな。

 するとしたら、いつ進化するんだろう……?

 そんなことを思っていると、目の前に焼き立てのアップルパイのお皿が出された。


「はい。迷宮ベリーのジュースは、クーちゃんが入れてあげてね」


「了解です」


 そう言われて、わたしは迷宮ベリーのジャムをグラスの底へ沈め、氷を入れた。シュワシュワした炭酸水を注ぐと、赤と透明の綺麗なグラデーションになる。

 準備ができたので、先ほど注文してくれたお客さんのところへ持っていく。


「お待たせしました」


「あ、クーナちゃんありがと!」


 そう言ってにっこり笑うのは、赤髪の女剣士、ルージュさん。とてもさっぱりした人で、わたしともよく話してくれる。ルージュさんは、ぱちっとウィンクした。


「クーナちゃんのドリンクは特別だから、助かるよ」


 ……そうなのだ。実はわたし、アルーダ国にいた頃は自分の魔力はゼロだと思っていたんだけど、なんと特別なスキルを持っていたらしく。それがこの間、シモンの鑑定によって、ようやく明らかになったのだ。

 わたしにはどうやら『癒し』の力があるらしい。


 まだ目覚めたばかりで、それが具体的にどういうことに使えるのかはさっぱりわからない。けれどなぜか、わたしが作った飲み物は、ほんの少し体力を回復する効果があるのだと言う。気のせい程度にしか感じない人もいれば、ルージュさんみたいにしっかりそれを感じる人もいる。最近は力が少し強くなったのか、気づく人も多くなってきた。


 まあ、怪我を治したりできるわけじゃないから、ポーションの値崩れも心配ないし。今のところは、普通にドリンクを作っていいよってシモンにも言われている。


「あ、そういえばさ」


 ルージュさんが、ジュースに口を付けながら、わたしを見た。


「クーナちゃん、さっき街へ行った?」


「? いいえ、今日は朝からずっとここにいましたけど……」


「そうだよね。見間違えたのかな……確かにあの子、クーナちゃんより背が低かったような気がするし」


 うーん? とルージュさんは首を傾げた。


「どうしたんですか?」


「いや、それがね。なんか今朝、クーナちゃんにそっくりな女の子を、街で見かけたんだ」


「え?」


 驚いていると、近くのテーブルを拭いていたソラリスちゃんも、あ、と声をあげた。


「そういえば私も見たよ。私、てっきりクーナお姉ちゃんが買い物してたんだと思ってた」


 ……?

 どういうことだろう。わたし、街に行った覚えはないけど……。


「他の獣人族の人が街に来てたんですかね……?」


「珍しいね。私、クーナお姉ちゃん以外の白い獣人族の人、見たことないよ」


「あたしも」


 二人は首を捻っていた。元々、毛の色が白い獣人族というもの自体が、珍しいらしい。

 アルーダにいた頃も、一度か二度しか、わたしもそういう人は見たことがなかった。


「へえ、珍しいね。同じ種族だったらいいのにね」


 ルージュさんがそう言って、わたしはまさか、と呟きつつも、少し期待したのだった。

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