始まりの朝


 ──淡い光を孕んだ蕾が、ゆっくりと花開く。その花は、たった一輪だけで夜の闇すら霞んでしまうほどの、眩い黄金色をしていた。


 お母様と、幼いわたしは、庭の隅っこに並んで花をじっと見守っていた。ふとお母様の顔を見上げると、お母様の金色の瞳に、今咲いたばかりの光り輝く花が映っている。


「おかあさまのおめめ、このおはなにそっくりだね」


 そう言って笑いかけると、お母様はなぜか、少し切なそうに微笑んだ。


「クーナ、この花の名前、知ってる?」


「ううん、しらない。このきれいなおはな、なんていうの?」

 そう尋ねると、お母様はゆっくりと口を開いた。


 この花の名前はね──。







 リリリ、と目覚まし時計のベルの音が鳴って、わたしは目が覚めた。


「うーん……?」


 ひどく懐かしい夢を見た。夢ではあるけれど、久しぶりにお母様の顔を見られて、なんだか嬉しかった。でも、とても重要なところで目が覚めちゃった気がする。お母様、なんて言ってたのかな。


 ……って、な、なんかすごく寝苦しい……。

 季節はもう夏だ。そのせいで、寝汗でもかいてしまったのだろうか。

 などと思いながらパチリと目を開けば、ピンク色のモフ毛が目に入る。


「……ルル?」


 わたしは顔をしかめて、ピンク色のモフ毛を顔からひっぺがした。


「るぅん……?」


 ピンク色のモフ毛……もといカーバンクルのルルは、寝ぼけ眼でわたしを見る。


「……進化してから体重が増えたんだから、わたしの顔の上で寝てたら、窒息死しちゃうよ」


「るー」


「あと君たちは、わたしに踏みつぶされないように気をつけてね」


 ベッドのあっちこっちで眠っていた、ふわふわとした小さな三匹のひよこたちを回収して、ベッドの下にあったバスケットに入れる。このひよこたちにもちゃんと名前がある。ピンク色はピピ、黄色はリリ、水色はララ。本当はひよこじゃなくて、モコモットっていうダンジョンに住む精霊の一種なんだ。なぜかわたしのそばから離れなくて、今はわたしの部屋で一緒に暮らしている。


 ルルを膝に乗せて撫でているうちに、目が覚めてきた。夢の続きが気になったけれど、今はもう現実を見なきゃいけない。なぜならわたしには、やるべきことがあるのだから。

 わたしはベッドから立ち上がって、窓を開け放った。


「……うん。今日もいい天気だね」


 窓の外には、広大な街が広がっている。遠くに見える巨大な穴は『ダンジョン』と呼ばれる、この国グランタニアにしかない、不思議な洞窟だ。

 ここは冒険とダンジョンの街、フィーナルダット。


「よかった。わたし、今日もちゃんとここにいるよ」


 明るい太陽の光を浴びて、わたしはぐーっと伸びをした。





 わたしの名前はクーナ・レイリア。狼の耳としっぽを持つ、十五歳の白狼族だ。今はもう、レイリアという姓は名乗らず、ただのクーナとして、この国グランタニアで暮らしている。


 祖国アルーダで暮らしていた時は、家族から虐げられたり、亜人差別に苦しんだりと、あまりいい時間を過ごせなかった。けれど今では冒険者ギルド『銀狼王の盾』に保護され、ギルド内にある喫茶店『銀のリボン』で楽しく働いて、充実した生活を送っている。


 毎日いろんなことがあって大変だけど、たくさんの人たちとの繋がりができて、わたしは今、とても幸せだった。

 まあ、モコモットの大爆発に巻き込まれそうになったり、人身売買の商品になりかけたりと、トラブルもたくさんあったんだけど……。

 結果的に、ピピたちにも出会えたし、ギルドの仲間たちとの絆も深まったから、今はもう気にしていない。これからは、少しずつでもいいから、下ばかり向いていた自分を変えていこうって思っているんだ。


 水色のワンピースの上から、リボンマークが刺繍されたエプロンを着る。

 首元にはギルドの職員証である、狼の横顔が掘られた青いブローチをつけた。


「よし」


 キュ、と首元のリボンを引っ張って、髪に乱れがないかをチェックしたら、出勤準備は完了。


「君たち、いつまで食べてるの? もう行くよ!」


 キッチンで朝ごはんをむさぼっていたルルたちを呼び寄せる。ルルは食パンを咥えたまま、こちらへ走ってやってきた。モコモットたちもそれぞれ口に何かしら咥えてピチピチと飛んでくる。


「さあ、行こう」


「るー!」


「ぴよー!」


 四匹を連れて、わたしは今日も冒険者ギルドの喫茶店へ向かう。

 そして仕事が始まったら、元気にこう言うのだ。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドの喫茶店『銀のリボン』へようこそ!」


 ってね。

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