第1部最終話 歓迎会

「君が怖がるだろうと思って言ってなかったんだけど」


 静かなギルドの廊下を、シモンと並んでゆっくり歩く。


「ベルタ公爵が謝罪のためにこちらへ訪れたいという話があってね。もう断ってしまったけれど。今後ももう、こちらへ来てもらう予定はない」


「……」


 びく、と肩を震わせるわたしに、シモンは優しく言った。


「大丈夫。君に近づけさせやしないよ。隠していても仕方がないと思って、伝えただけ」


「……ありがとうございます」


 そんな身分の高い、偉い人に謝って貰わなくてもいい。

 わたしはただ、平穏に暮らしたいだけ……。

 公爵はもしかしたら事件には関係ないのかもしれない。

 だけどわたしはもう、アルバートさん関係の人に、会いたくなかった。

 ……少なくとも今は。

 だけどいいのかな。

 わたしのことで、公爵とギルドの間に何かギクシャクした関係とか、生まれなかったらいいけど……。


 わたしの不安がシモンに伝わったらしく、彼は肩を竦めて笑った。


「ああ、大丈夫。別に彼の出資でギルドがどうこうなるわけじゃあるまいし」


「……」


「むしろ公爵が困っているくらいですよ。ギルドはこの国の支えですからね。そこに絡めないのなら、この国ではなんの権力も持てやしない。それにあの潔白なベルタ公爵家から犯罪者が出るなんて」


 シモンは少し、悲しそうな顔をして言った。


「私もね、公爵のことはよく知っているけれど、あの人はとても厳しい人だ。自分にも他人にも……それゆえ、息子と上手く行かなかったんだろうね」


 公爵のことは少しも知らない。

 だけどシモンは特に、公爵に嫌悪を抱いているわけではなさそうだった。

 不思議と、シモンがそう思うのなら、もしかしたら悪い人ではないのかもしれないなと感じる。


 どちらにせよ、成人しているのなら、いくら血がつながっているとは言え、親が罪を背負うこともない。


「……親の愛情があっても、血が繋がっていても。家族がうまくいかないことって、あるんですね」


 ポツリとそう漏らすと、シモンはうなずいた。


「家族である前に、父と息子である前に、一人の人間だからね。家族というつながりはとても深いものだけれど、それがいいものだとは限らないと思いますよ」


「……」


 わたしもそうだった。

 レイリアという名前の繋がりがあっても、わたしはなぜか一人ぼっちだった。

 公爵とアルバートさんがそうであるように、わたしとあの家の繋がりも、何か、どこかが複雑に絡み合って、解けなくなっているのかもしれない。


「ま、でもね。君もよく知ってるでしょう」


「え?」


「この世には、家族以外の繋がりだって、たくさんあるってこと」


 ……そうだね。

 よく知っているよ。


 シモンを見上げて、口を開きかけたとき。


 ──パァンッ!


「っへ!?」


 何か、甲高い音が鳴った。

 ビクッと飛び上がれば、カラフルな、たくさんの紙のリボンが空から舞い降りてきた。

 わたし達は気づいたら、喫茶店「銀のリボン」の前まで来ていた。

 

 そして喫茶店には、なぜかたくさんの人たちがいる。

 いつもの冒険者さん。

 ギルドの職員さん。

 そして何故か、杖騎士団の人たち。

 みんな手に持った筒をこちらに向けて、筒からでた紐を引っ張っていた。


 弾けるような音。

 色とりどりの、たくさんのリボン。

 キラキラした、小さな紙。


 それらを被って、わたしはキョトンとしてしまった。


「クーちゃん、退院おめでとーっ!」


「ひゃっ!?」


 そう言って抱きついてきたのは、ルーリーだった。


「まあ、入院してたわけじゃないけど! 元気になって本当によかったわ!」


「え、え?」


 わたしは頭が混乱して、賑やかな周りを見渡した。

 いつもの喫茶店にはないようなメニューや、お酒がたくさんテーブルに並んでいる。

 よく見たらキッチンにはダンとヤンさんがいて、料理を作っていた。

 もうすでに酔っ払っているドワーフさんもいる。


「み、皆さん、今日はおやすみのはずじゃあ……?」


「うっふっふ。今日はね、クーちゃんの歓迎会をするのよ〜!」


「歓迎会……?」


「そう! クーちゃんが主役よ!」


 シモン、さっき用事があるって言ってたのに……。

 思わず隣にいたシモンを見上げると、彼は悪戯っぽく、ぺろっと舌を出した。


「こういうのは、黙っていた方が面白いじゃないですか」


 相変わらずわたしがポカーンとしていると、お店にいたエレンさんとクロナさんに、手を引かれた。

 お店の真ん中まで引っ張っていかれる。


「クーナさん! 元気になってよかったです! 見てください皆さん! 正真正銘、本物のクーナさんですよっ!」


 何故か、わーっと拍手。

 ワイワイとみんな、わたしによかったね、おめでとうと言ってくれた。


「やっぱこのギルドにはクーナちゃんがいないとな!」


「そうだぜ、こんな酔っ払ったばかばっかじゃ、ギルドが潰れちまうよ」


 わぁわぁと騒がしく、何故か指笛まで誰かが鳴らしている。


「皆さん……」


 だんだん落ちついてきて、わたしは目がじわっと熱くなった。

 やってきたルーリーがわたしの手を握って言う。


「クーちゃん。あらためて歓迎するわ。グランタニアへ、『銀狼王の盾』へようこそ!」


 わ、どうしよう。

 みんなの前で泣いちゃいそう……。


 そう思っていると、ルーリーが後ろからゴソゴソと何かを取り出した。


「遅くなってごめんなさいね。はいこれ、クーちゃんにプレゼント」


「……?」


 ルーリーに手渡された白い物。

 広げてみると、それは真っ白な、可愛らしいエプロンだった。

 銀糸の刺繍で、リボンのマークが縫い付けられている。


「喫茶店の制服! みんなお揃いなの〜!」


 よく見たら、ルーリーも、ダンも、同じ刺繍の入ったエプロンをつけていた。

 遠くに座っていたソラリスちゃんが立ち上がって、ニッコリ笑うとエプロンを見せてくれた。


 す、すごい……。

 感動していると、シモンがわたしの手に何かをおいた。


「私からも」


「えっ」


 手を広げてみると、それは深い青色の宝石が嵌ったブローチだった。

 ブローチには狼の横顔と、盾の模様が掘り込まれている。

 ……ギルドの職員がつける、ブローチだ。


「ようこそ、冒険者ギルド『銀狼王の盾』へ。ここにいるみんな、君を歓迎するよ」


「……っ」


 顔がクシャって歪んだ。

 何かいいたいのに、エプロンとブローチを握ったまま、何も言えない。

 でも不思議と、胸に込み上がってきた感情は不快なものではなかった。

 いつもいつも、辛い時しか涙は流れないと思っていたのに。


「おいおい、やっぱ俺らの歓迎は怖いんじゃねぇのー?」


 椅子に座っていたキリルさんが、お酒を飲みながらケラケラ笑って言った。


「顔が犯罪者だもんな、お前らー」


 それにみんなブーブー文句を言っていた。

 思わずわたしも笑ってしまう。


「違うんです」


 涙を拭って、前を向いた。


「涙は嬉しくても流れるんですね。わたし、知りませんでした」


 エプロンとブローチをぎゅ、と抱きしめる。


 ──わたしにも、新しい居場所ができた。


 繋がりができた。


 だからもう、泣くのはやめにしよう。


 楽しくて幸せな今を、精一杯楽しみたいから。


「皆さん、ありがとうございます」


 涙を拭うと、わたしは笑った。


「わたし、また頑張ります。いっぱい頑張ります」


「おー、頑張りすぎねぇように頑張れ」


「ふふ……そうですね。適度に頑張りますっ!」


「そうそう、それでいいのよ」


 ルーリーとキリルさんが目を見合わせて、笑った。

 ぐしぐしと涙を拭って、今度こそ、晴れやかに笑う。


「本当に、本当に……ありがとう」


 居場所をくれて。

 繋がりをくれて。

 幸せをくれて。



 本当に、ありがとう。



「何言ってるの! こちらこそ、クーちゃんがきてくれて本当に嬉しいわ! ねえみんな、そうでしょ?」


 おおーっ! とみんな、グラスを持ち上げて叫んでくれた。

 わたしは恥ずかしくて、でも嬉しくて、しっぽをパタパタと振った。


 シモンがにっこり笑うと、みんなに宣言した。


「さ、今日は全部ギルドからお金を出してますから。みんな存分に食べて、飲んで行ってくださいな」


「やったー!!!!」


 歓声が上がる。


 シモンがパンパンと手をたたたくと、どこからともなく愉快な音楽が流れ始めた。それに気を良くした冒険者さん達が、我先にと料理とお酒を奪い合うようにして楽しみ始める。


「さ、わたし達も食べましょ!」


「はい」


 テーブルへつこうとすると、エレンさんの悲鳴が上がった。


「あーーーっっっ!? ルルがピザ全部食べてます!!!」


「るー?」


 少し大きくなったルルの食欲は相変わらずで、ピザのチーズを伸ばして、キョトンとした顔をしていた。

 うわ、すごく大きなピザ、丸々ひとつ食べてる……。


「食いしん坊ですにゃ」


「私ピザ大好きなのに……」


「るん♪」


「るん♪じゃないですよお!」


 エレンさんが残念そうに言った。


「大丈夫よ、まだまだいっぱいあるから」


 ルーリーが苦笑する。


「ねぇ見てよこの子、まぁた溺れてる」


 女剣士さんが苦笑して、ビールのグラスで溺れていた水色のモフモフひよこ、ララを摘み上げた。


「ぴよ?」


 ララは酔っ払っているようで、机に下ろされると、またぴよぴよダンスを踊っていた。

 他のひよこたちも、我先にと料理をつっつきまわっている。


「本当、食いしん坊ねえ」


「み、皆さん、本当ごめんなさい……」


「ふふ、まあいいわよ。この子たちも、今日は無礼講よ」


 わたしはルル達を集めると、抱きしめた。


「君たちも、ありがとうね。大好きだよ」


「るー!」


「ぴー!」


 モフモフと体を擦り付けてきて、くすぐったくて笑ってしまう。


「でもちゃんと、みんなの分は残してね」


 そう言うと、モフモフたちは途端に、言語を理解してないみたいな顔でキョトーンとした。

 え?みたいな顔をしている。


「いや絶対この子たち言葉わかってますから! 全部食べたいからわからないフリしてるだけですよね!?」


 エレンさんが立ち上がって叫んだ。

 モフモフ達は知らんふりをして、すごい勢いであっちこっちにかけていく。


 キャーキャーとテーブルが騒がしくなって、わたしもなんだかおかしくなって、涙が出るくらい笑ってしまった。










 ──生きていると、悲しいことも辛いこともたくさんある。

 働いていると、失敗も、落ち込むことも数え切れないくらいある。


 だけどわたし、その度にきっと、今日のことを思い出すと思うよ。


 毎日大変だけど、でも、楽しいことも、幸せなこともいっぱいある。

 世界は真っ暗なんかじゃなかった。


 あの辛かった場所だけが、全てなんかじゃなかった。


 たとえどんなに暗い場所にいても、これからは、この銀色のリボンがわたしを導いてくれる。


 やっと手に入れた、大切な居場所。

 銀色のリボンで結ばれた、幸せな絆。


 明日もきっと、いいことがあるような気がする。

 ちゃんと目を開けて、前を向いてなきゃね。

 だって楽しいこと、幸せなこと、見逃したくないもん。

 





 だからもう、わたし、泣かないよ。


 






 第1部 END.



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