この耳としっぽがなければ(後編)


「ルル……っ」


「嬢ちゃんも無用心だったな。こんな珍しい生き物を鎖もつけずに外にほっぽり出してるなんて」


「なんてひどいことを……!」


 ルルは明らかに様子がおかしかった。


「心配するなよ。少し眠くなる魔術をかけただけさ。とにかく珍しい生き物っていうのは、きれいな状態の方が高値で売れるからな」


「なんで、なんでこんな……」


「そりゃあ嬢ちゃんが目を離したからだろ? このカーバンクル、口に飴玉なんかくわえて、ご機嫌にどこ行こうとしてたのかね」


 泣きそうになった。


 ルル、わたしのために……。


「やっぱり、このおかしな生き物はいらないな」


 アルバートさんは、鼻を慣らした。

 

「クーナの気を引くものなんて他にいらない」


 アルバートさんが檻を蹴ろうとした。


「やめてっ」


 どこにそんな力があったのかしれないけど、わたしは気づいたら、重い体を起こして、駆け出していた。

 蹴られそうになるルルをすんでのところで庇う。

 檻を抱いて、うずくまる。


「うっ……ごめんね、ごめんねルル……」


「るぅ……」


 ルルと出会ってから、わたしの人生は変わった。

 ルルはわたしの願いを叶えてくれた。


 いつもそばにいてくれた。


 それなのにわたしは、何もルルに返せていない。

 なのに、こんなことになっちゃった。


「どうして、こんなことに……」


 ただ、わたしは、あの場所じゃないどこか遠くへ行けば、何かが変わるんじゃ無いかって思った。

 そして、変われたと思った。


 でも、全然変わってなんかいなかった。


「なんでこんなことにって、そりゃあなぁ。恨むなら、その耳と尻尾を持ってきたことを恨むんだな」


「……っ」



 ──どうして。


 ──どうしていつもそうなの。


 生まれ持ったもので全てが決まるなら、わたしはずっとこのまま?


 ……本当はわかってる。


 こんな耳としっぽ、無いほうがよかった。


 なかったら、幸せになれたかもしれない。


 わたしだって、人間に生まれたかった。


 言われなくてもわかってるよ。


 弱くて、惨めで、泣き虫で。

 誰からも見向きもされなくて、空っぽで。



 ──わたしはわたしが、一番嫌いなんだ。



 また、呼吸ができなくなってきた。

 息が苦しい。

 水の中でもがいているみたい。

 

 あの時と一緒だ。

 過呼吸の予兆。


「るぅ……」


 けれどふと、檻の中のルルがか弱くないた。

 見れば、透き通った瞳と視線がぶつかった。


 ──クーナ、のまれちゃ、だめ。


「えっ……」


 見知らぬ女の子の声が頭に響いた。


 ──クーナ、おもいだして!


 パチン。

 そんな音がして、今までの記憶が走馬灯のように、頭の中に流れ込んできた。


 ◆


 初めてギルドに来た日のこと。

 見ず知らずのわたしを、ルーリーとシモンは看病してくれた。

 美味しいものを食べさせてくれて、どうしてわたしに優しくしてくれるのか、不思議だった。


 ギルドを案内してもらった日。

 多くの亜人を見て、驚いた。

 ここでは、こんなに自由に暮らしてもいいのかと。


 働きはじた時。

 たくさんのお客さんに、作ったものを美味しいと言ってもらえた。

 ダンは静かに、わたしのことを見守ってくれた。

 わたしはここで生きていてもいいのかと、少しずつ思えるようになっていった。


 初めての一人暮らし。

 ルルたちのおかげで、いつも賑やかだった。

 エレンさんや、クロナさん。いつも困ったときは、助けてくれた。

 みんな、わたしを助けてくれた。


 街へ遊びに行ったこともあったっけ。

 そこで無茶をして、キリルさんに本気で怒られた。

 わたしの身を思って怒ってくれる人なんて、この世に何人いるんだろう?

 だけど、ピピたちに会えた。

 ソラリスちゃんにも。


 ホオズキ亭で、みんなで美味しいものを食べた時は、すごく幸せだった。

 クレーマーにあったとき。

 ギア様が助けてくれた。

 あの人の目は不思議。

 どうしてか、吸い寄せられる。

 

 シモンに言われた言葉を思い出す。


 ──君はここにいてもいいんだよ


 ルーリーと歩いた夕焼けの道を思い出す。


 ──ずっとここにいて欲しいわ。ダンと私とクーちゃんで、毎日いろんな人との縁を繋ぎたい



 わたしはずっと、自分が透明で、空っぽな存在だと思っていた。


 だけど、そうじゃなかった。


 ここへ来てから、わたし、いろんな人と出会った。

 いろんな思い出ができた。

 友達も、一緒に暮らす仲間もできた。

 わたしの作るものに、美味しいよって言ってくれた人たちもたくさんいた。


 わたしはわたしが一番嫌い。

 だけど、そんなわたしでも、大切な、何にも変えがたい宝物を持っている。

 それは宝石みたいに、わたしの中で輝いている。


 この耳としっぽがなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。


 だけど。


 この耳としっぽがなければ、きっと、みんなには会えなかった。


 繋がりというこの宝物は、得られなかっただろう。


 どこからか力が湧いてくる。

 もう一度だけ立ってみようと、歩いてみようと、心のどこかでもう一人のわたしが囁いている。


「……やっとできた、繋がりなの」


 冷たい倉庫のなか。

 わたしの体だけが、熱を持ったように熱い。


 ポツリとそう呟くと、二人とも眉根を寄せた。


「やっとできた、居場所なの」


 わたしの大切な宝物。

 手放したくない。

 何もなかったわたしに、たくさんの物をくれたみんな。

 わたしはその繋がりを、手放したくない。


「あなたとの繋がりなんて、いらない……!」


 ルーリーが教えてくれた。

 必要のない繋がりは切ってもいいんだよって。


「わたし、ギルドに帰る」


 わたしの大切な居場所。

 わたしの帰る場所。


「あなたのところなんか、絶対に行かない!」


 二人が目を見開いた。


 初めて面と向かって、何かに逆らったような気がした。

 なんだ、言うだけなら、わたしにもできるんだ。

 能天気なことに、心のどこかで、そんなことを思っている自分がいた。


「……はっ、こんな状況で威勢よく叫んだって、どうにもならねぇだろうよ」


 男は笑う。

 わたしはぎり、と歯をかんだ。


 どうにかして、ここから逃げ出さないと──。


「……大人しくしてれば、暴力は振るわないつもりでいたのに」


 アルバートさんが呟いた。


「だけど馬鹿な犬には、躾が必要だろ? 躾なんだから、暴力じゃないはず」


 アルバートさんは足を振り上げる。


「……っ!」


 わたしはいい。

 だけどルルは絶対、傷付けさせない……!


 ルルの入った檻を抱いて、ギュッと身構えた時。




 物凄い破壊音が響いて、倉庫の中に光が溢れた。


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