消えたルル

 

 喫茶店で働くのをしばらく休んでいたわたしの元に、それからもルルはいろいろなものを運んでくれた。

 

 どこから持ってきたのか、美味しい木の実とか。

 きれいなお花とか。

 まるでわたしを励ますみたいに、毎日いろんなものを持ってきてくれる。


「ふふ。ルルは宝探しが上手だね」


「るう〜」


 ルルはキラキラした瞳で胸を張って鳴いた。

 そうでしょ? っていってるみたい。


「るん」


「うん……」


 毎日ルルやひよこたちと一緒に眠っていると、少しずつ心も落ち着いていった。

 ルーリーやダンも部屋に来てくれるし、隣の部屋にはクロナさんもいるし。

 みんなそばにいるから、大丈夫。

 

 そうやって、美味しいものを食べたり、きれいなものを見たりして、わたしは心を休めた。


 けれど、事件が起きてしまった。


 昨日の夜から、ルルが帰ってこない。

 今までもルルは外で遊んで、朝にひょっこり帰ってくるなんてことが何回かあったけど……でも今日は、昼になっても帰ってこなかった。


 なんか、変だ。

 すごく胸騒ぎがする。


「なんだろ、これ……?」


 わたしは胸をギュ、と握った。

 まるでわたしの感情じゃない、誰かの不安が流れ込んでくるみたい。


「ルル……?」


 考えすぎなのだろうか。

 わたしは不安になって、外に出て、ギルドを覗いてみたりした。

 けれどどこにも、ルルはいない。

 今日は喫茶店も定休日だ。

 ルルは人が多いところが好きだから、休日の喫茶店にはいないだろう。


 一度部屋に戻る。

 わたしの考えすぎなのかな……。


 ◆


 夕方。

 雨は強くなり、それに呼応するようにわたしの不安も増していた。

 胸騒ぎは落ち着かない。


「ぴー……」


「ごめんね」


 ひよこたちをバスケットの中へ入れると、わたしは立ち上がって玄関にあった傘を手にとった。

 やっぱりなんだかよくないことがあるような気がする。

 ギルドにいないなら、街にいるかもしれない。

 ルルを探しにいかなくちゃ。


 ひよこたちがパタパタとこちらへ飛んできた。

 だけど一緒には連れて行けない。

 雨も降ってるし、風邪でも引いたら大変だ。


「本当にごめん」


「むぴーっ!」


 わたしは部屋から素早く出て、ドアをしめた。

 部屋の中からぴよぴよと悲しげになく声が聞こえてくる。


「早く帰ってくるから」


 ルルを見つけて、部屋に戻ってきたら、あったかいものを作ってあげよう。

 わたしはプルプルと首を振って、外へ急いだ。


 傘を持って寮の階段を降りると、一階には寮長のサミアさんがいた。

 サミアさんはふっくらとした優しそうなおばさんだ。

 雨で汚れてしまった廊下をモップで拭っていたようで、わたしを見ておや、と首を傾げていた。


「こんな雨の日に、どこへ行くの?」


「あ……わたし……」


 なんとなく、街へいくといったら止められそうな気がして、わたしは答えを言い淀んだ。


「……ギルドに忘れ物をしちゃって。今から取りに行くの」


 サミアさんは目をパチパチ瞬かせたのち、なぜかほっとしたような顔になった。


「ああ、そうだったのね。雨が強くなってるから、気をつけるのよ」


「はい」


「こんな天気だし、寄り道はせずにすぐ帰ってきてね。街へはいっちゃダメよ」


「……はい」


 嘘をついてしまった。

 罪悪感がすごい。

 シモンたちのことも頭をよぎった。


 だけどこれ以上、迷惑はかけられない。


 やっぱりルルを探しにいかなくちゃいけないような気がして、わたしはペコっとお辞儀をすると、夜の闇の中へと踏み出した。


 ◆


「ルル、ルル。どこにいちゃったの?」


 雨がひどくなってきた。

 行き交う人も随分と少なくなった街の中を、ルルの名を呼びながら彷徨い歩く。


「ルル、ルル……」


 鉛色の空は、まだ夜じゃないのに、夜みたいに街を暗く見せていた。

 慌てて出てきたものだから、上着を忘れてしまった。

 くしゅんっとくしゃみをして、腕をさする。

 もう随分いろんなお店を訪ねたり、探し回ったりしたけれど、ルルは見つからない。


 少し、どこかで雨宿りようか。

 そう思って、道の端へ避けた時。


 いきなり誰かに、路地へ引っ張り込まれた。


「んんっ!?」


 口を塞がれる。

 びっくりしてもがいていると、耳元で囁かれた。


「静かにしろ。でなきゃお前のカーバンクルは、命がないぞ」


「!」


 聞き覚えのない、男の声。

 ちらと背後を振り返ると、黒いローブを纏った男が見えた。

 ふと、既視感を感じる。


 ああ、そうだ。

 いつかエレンさんたちとお買い物しに街へ来たとき。


 あの時もこんな感じの、黒いローブの男がわたしを見ていたような気がする。


「静かにしていればお前とカーバンクルの命は助けてやる」


 ルルをどこへやったの?


 そう聞こうとしたら、何か変な匂いのものを嗅がされた。


「……っ」


 ぐらっと視界が傾く。

 気持ちの悪い眠気を感じて、わたしはそのまま意識を失ってしまった。


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