お客様は神様じゃないです
「ただの迷惑なお客さんだと思っていたけど、どうもストーカーみたいね」
ルーリーが盛大なため息を吐く。
ギルドマスターの執務室。
集まったメンバーは、シモン、ルーリー、ダン、キリルさん、ギア様。
わたしはぐったりとソファに座って、ショックでぼんやりとしていた。
膝の上には、ルルが乗っている。
ルルは心配そうにきゅんきゅんと鳴いていた。
どうしてかわからないけれど、あの時、ルルがギア様を呼んでくれたらしい。
「大体、このギルドは国のお金で運営されているんだから、一人や二人が資金の融通を渋ったくらいでどうにかなったりはしないわ。喫茶店も然りね」
ルーリーはカンカンに怒っていた。
結局、あの過呼吸を起こしてしまった後。
わたしはギア様に連れられて、医務室でしばらく横になっていた。
お医者さんは、横になって安静にしていたらすぐ良くなるよ、と言ってくれて、その通り安静にしていたら、頭のグラグラもなくなった。
どうもあれは一時的なものだったらしい。強いショックを受けると、引き起こされてしまうもののようだ。
でもギア様がいなかったら本当に死んでしまっていたような気がして、今でも少し怖い。
医務室で横になった後、わたしはそのままシモンの部屋にやってきた。
とにかく大変なことになってしまったと、謝らなくちゃと思っていたら、みんなこの部屋に集まっていたというわけだ。
おまけに事情を話したところ、アルバートさんの話は真っ赤な嘘だったことがわかった。
「クーナ、君は何も悪いことはしていないから、もう謝らなくていい。謝らなければならないのは、君を守れなかった私の方だ」
クセになったみたいに謝るわたしを、シモンが止めた。
でもみんなに迷惑をかけてしまったことが申し訳ない。
もっとうまいあしらい方があったはずなのに。
暗い顔をしていると、ダンが呟いた。
「お客様が神様なんていうのも、馬鹿げた話だな」
「そうよね! 意味を履き違えているわ。私たちはお客様を神様だと思って丁寧に接客しましょってだけで、対等な取引をしているのに」
キリルさんが鼻で笑った。
彼はたまたま、シモンと一緒にいたらしく、流れでわたしの話を聞いてくれていた。
「ホオズキ亭のヤンを見てみろよ。迷惑な客はぶん殴って外に放り投げてるぜ」
そう言われて、少しだけ心が軽くなった。
「とにかくクーナは何も悪くないですから。大丈夫、ギルドには少しも損害は出ません。その男も今後出禁にしますし、後のこともこちらで片付けておきますから、今日はもう部屋でゆっくりしてくださいな」
シモンはそう言って、いつも通り微笑んだ。
「今回のことは、俺たちの方でも少し調べておこう」
ギア様もそう言ってくれた。
でも本当に、本当に申し訳ない。
動こうとしないわたしを見て、シモンがルーリーに言った。
「ルーリー、クーナを部屋へ送ってあげてください」
「わかったわ」
ルーリーはうなずいた。
まだ怒っているらしく、頬が真っ赤だ。
「クーナ。被害者のきみにこんなことは言いたくないけれど……しばらく街への外出を控えてくれますか?」
「……?」
「少しの期間だけ。もしものことがあるかもしれませんから。必要なものは、私たちに言いつけてください」
わたしはまたあんな人に会っちゃったらどうしよう、と思って、きっとどちらにせよ、出ないと思う。
力なくうなずくと、ルーリーに促された。
「さ、帰りましょう」
「後のメンバーは少し残ってくださいね」
シモンはちらとギア様たちに目配せをした。
それが何を意味しているのか、その時のわたしにはわからなかった。
◆
「ねえ、手を繋いで帰らない?」
いろんなひとに迷惑をかけてしまった。
落ち込んで俯いていると、目の前にルーリーの手が差し出された。
「子どもっぽくて、いや?」
ルーリーはふふ、と笑った。
わたしは自分の手を見て、フルフルと首を横に振った。
ルーリーの温かい手が、わたしの手を包み込む。
ルルはわたしの肩に、ひよこたちはルーリーの頭と肩に乗って、ご機嫌そうな鳴き声をあげた。
「帰ろっか」
「……はい」
こく、と頷いて、二人で寮までの道を歩く。
あれだけ嫌なことがあった日なのに、夕焼けはすごく綺麗だった。
世界なんて、わたしに何があろうが、本当に関係なく進んでいくんだなって思う。
「クーちゃんには、私とダンの話をまだしてなかったわね」
しばらく黙って帰り道を歩いていたら、ルーリーがポツリと言った。
おもむろに何を話し出すのだろうと思っていると、彼女は内緒話をするみたいに、小さな声で言った。
「実はね、私とダンも、昔は冒険者だったの。同じパーティのね」
「!」
そうだったのか。
全然知らなかった。
でもなんでやめちゃったんだろう?
「メンバーは私を入れて八人の大所帯だったわ。いつも賑やかで、家族みたいで、大好きな居場所だった。私もAランクだったのよ」
ルーリーはそう言って笑った。
すごい。
どうりで肝が座っているというか、落ち着きがあるはずだ。
「今は資格を返上したから、もう違うんだけど……」
「……どうしてやめちゃったんですか?」
そう聞くと、ルーリーは悲しそうに笑った。
「本当はずっと、あのメンバーで冒険するものだと思ってたけど……でもある時、私たちはダンジョンの攻略に失敗してしまった」
「……」
「私とダン以外、全員死んじゃったわ」
「!」
夕日に照らされたルーリーの顔はひどく疲れていた。
ずっと昔の悲しみと痛みを思い出すような、そんな表情。
ダンジョンは危険な場所だ。
死ぬことだって当たり前にある。
そのリターンとして、報酬が優れているのだから。
「まさかメンバーが死ぬなんて、思いもしなかった。私たちもずっと若かったし、なんとかなるって思ってたのよ」
でも、なんとかならなかった。
「私は自分の家族があまり好きじゃなくてね。十五で家を飛び出して、そのまま冒険者になって、あのパーティが自分の居場所で、家族みたいなものだったわ。だからみんなを亡くしてしまった時、本当に何もかも終わりだと思った」
そうならなかったのは、ダンがそばにいて、励ましてくれたからなのだという。
ルーリーはみんなが死んでしまった後、自分も後を追おうとしたらしい。
けれどそれをダンが止めてくれた。
ダンとルーリーは生き残ったもの同士、二人で寄り添い合うようにして生きた。そうしていつの間にか、夫婦になっていたのだという。
「しばらくいろんなところを二人で彷徨ってね。ある時、ダンのお兄さん、ヤンがギルドの横に食堂を開くから、手伝いをしてくれないかって、誘ってくれたの」
それから喫茶店を開くまで、ルーリーたちはヤンさんの食堂を手伝っていたそうだ。
「時間が経つにつれて、私たちも心が整理されてきてね。本当にパーティメンバーのことは悲しくて辛かった。だけど、だからこそ、人生の中で出会う人たちを大切にしようって思ったの。人はいつ死ぬかも分からない。冒険者だったら尚更ね」
ルーリーの瞳の中には、夕日がゆらゆらと揺らめいていた。
「まあ、シモンがギルドマスターになった頃から、冒険者の死亡率はグッと下がったけれど……。制度の改革とか、いろいろあってね。それでも、人がいつ死ぬかとか、いなくなっちゃうかとかなんて、結局わからないもの。私たちは、人生の中で一体どれだけの素敵な縁を持てるのかなってよく考えるわ」
ルーリーはだからね、と続けた。
「もしも私の前に困った人がいたなら、助けてあげたいの。それも何かの縁だと思うから。そういう縁を、大切にしたいと思うのよ、私たち」
ふふっと笑う。
「みんなと素敵な縁を結べますようにって、喫茶店に『銀のリボン』という名を付けたの。『銀のリボン』が結んでくれた初めての縁があなたで、とても嬉しいわ」
わたしは胸がいっぱいになってしまって、言葉が出てこなかった。
胸がキュウッと、切なくなる。
「人生にはきっと嫌な縁を結んじゃう時もあるだろうけど、そういう時はゆっくり解けばいいわよ。私も手伝うから」
ルーリーはニコッと笑って、こっちを見た。
「大丈夫よ、あなたは一人ぼっちじゃないもの」
「……」
「ずっとここにいて欲しいわ。ダンと私とクーちゃんで、毎日いろんな人との縁を繋ぎたい」
夕日がすごく綺麗な日だった。
何か言ったら涙がこぼれそうで、わたしはただ、頷いてギュッとルーリーの手を強く握りかえしたのだった。
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