Sランク冒険者
旅人さんの忠告があったものの、わたしの生活は割と平穏だった。
このギルドには気の良い人たちが多いしね。
本日も喫茶店『銀のリボン』は穏やか営業。
お店にもまばらにお客さんたちがいる。
「うーーん、ダメだぁ!」
カップを磨いていると、目の前でノートと教科書を広げていたスキンヘッドのおじさん──岩砕のガントさんが、テーブルに突っ伏した。
「くそ、何回読んでも覚えられねぇ。助けてくれ、クーナちゃん!」
ガントさんは、現在Sランクの昇格試験に向けて、勉強中なのだそうだ。
冒険者がランクを上げるためには、割といろいろな条件が必要になってくるらしい。
例えば依頼の成功率や、消化率。身体能力。
そして、筆記テストなど。
それらを総合的に審査して、ランクを昇格させるかどうかを決めるんだって。
ガントさんは、いっつも筆記試験で引っかかってしまうらしい。
わたしは拭いていたカップを置いて、眉を下げた。
「お疲れさまです。休憩しますか?」
「そうだなぁ。なんか甘いもんくれ〜」
「じゃあ、ホットチョコレートとか入れましょうか。マシュマロのせると、美味しいです」
「頼む〜」
チョコレートをしまっていた瓶に手を伸ばすと、ガントさんの席の横から、声が聞こえてきた。
「あ、クーナちゃん、こっちも同じのお願い! 脳に糖分が足りてないんだわ」
声の主は、丸いメガネにそばかすの浮いた、若い女性。
「もう、まっっったく原稿が進まないわよ! 何か面白いエピソード、なかったっけ!?」
髪をくしゃくしゃにして、呻き声を上げる。
こちらはなんと、冒険小説家の、リジーさんと言う。
リジーさんは自身が体験した冒険の数々を手記として出版し、お金をもらっているらしい。
「こう、最後にバシッとかっこいい台詞を入れて、そんでもってなんか爆発させたいな!」
「え……? り、リジーさん、体験したことを書いているのでは……?」
思わずそう聞くと、彼女は首を振った。
「ダメダメ! 体験だけじゃ地味なんだから! こう、ビビッときて男のロマンをくすぐるようなやつじゃないと!」
「あれ? それって、体験記じゃないんじゃ……」
リジーさんはチッチッチ、と指を振った。
「なぁに言ってんの、クーナちゃん。多少の誇張は必要よ、多少の誇張は!」
話を聞いていたガントさんが吹き出す。
「多少の誇張って、あんた誇張しかねーだろうがよ」
「仕方ないじゃないの、作者の設定はSランク冒険者ってことになってんだから!」
「クーナちゃん、この女、本当はCランクなんだぜ。それなのにSランクって言って小説なんか売ってるんだ」
ええっ! そうだったの!?
リジーさんはベーと舌を出して笑った。
「迷宮最深部でのラスボスとの激闘! 荒れ狂う海でのクラーケンとの戦い! さあ、運命はいかに!?って方が面白いでしょ? スライム倒しましたーとかそんなんじゃなくって、こう、ビックな方がいいに決まってるもの」
「よ、よく今までバレませんでしたね……」
ガントさんはめちゃくちゃ呆れていた。
話を聞いたところ、前にリジーさんを迷宮で助けたことがあるのだそうだ。
……プチスライムの群れから。
「こちとらSランクの冒険者になりきって書いてるからね。それに面白ければオールオッケーなわけ」
「確かに、こいつの描写は妙にリアルなんだよなぁ。トラップの解除の仕方とか」
「そりゃあ私、Sランク冒険者のこと、調べまくったんだもの」
二人の会話を聞いて、ピンときた。
鍋の中でかき回していたチョコレートとミルクをカップへ注ぎ、火で炙ったマシュマロをのせる。
熱いホットチョコレートを二人に差し出して、こんな提案をしてみた。
「じゃあ、リジーさんはガントさんにSランク冒険者のことを教えて、ガントさんはリジーさんに今までの冒険ネタとかを披露したらどうでしょう?」
二人はキョトンとした顔をしたのち、顔を見合わせる。
「お前、試験のことわかるのか?」
「毎年調べまくってるからわかるわよ。あんたこそ、ネタなんかあるわけ?」
「ああ、死ぬほどあるな。特に手記にして売ろうとも思わなかったからな」
「「……」」
二人はじーっと見つめたあったのち、ポツリと呟いた。
「まあ、クーナちゃんが言うなら、そうしてもいいか」
「クーナちゃんの提案だしね」
な、なんでわたしを間に挟むのかはよくわかんないけど。
どうやら問題が一つ、解決したみたい。
こんな感じで、最近はみんなとスムーズにコミュニケーションを取れるようにもなってきているのだった。
◆
「よ、クーナ。俺にもなんか甘いのちょうだい」
「あ、キリルさん」
二人がぶつくさ言いながら教え合いっこを始めたところで、キリルさんがやってきた。
ガントさんの持っていた教科書をのぞいて、懐かし、と呟く。
「俺ももう、こんなん全部忘れたわ」
「そういえばキリルさんもSランクでしたっけ」
「そういえばって、お前なぁ」
「あ、いえ、あまりにも身近すぎてつい……」
残っていたホットミルクをカップに注いで、手渡す。
彼は立ったまま、二人が教えあいっこをしているのをみながら、呟いた。
「Sランクへ昇格すんのは、けっこー難しんだぜ」
「はい。とても難しいって、ガントさんも言ってました」
「ああ。なんとSランクは、冒険者全体の3%しかないんだな、これが」
「えっ! そんなに低かったんですか?」
「おうよ」
びっくりした……。
知らなかったよ。
そんなにSランクになるのって、難しいんだ。
「この辺りでいえば、俺だろ、ギアだろ、んでアルドルドのやつに……」
あ……
「そういえば、ギア様もだったんですね」
彼は杖騎士になる前、冒険者をしてったって、ルーリーが言ってたっけ。
キリルさんは鼻を鳴らして言った。
「俺があいつに、迷宮の攻略の仕方を教えてやったんだからな」
「え、そうだったんですか?」
「ああ。俺はあいつとずっと組んでた」
あの爆発事件のとき。
ギア様が、キリルさんとどこか親しげだったのは、そのせいだったのか。
でもどうして、コンビを解消しちゃったんだろう?
キリルさんはぼうっとしながら、呟いた。
「あいつは、この国の出身じゃない。ひどい差別と……」
「え?」
ハッとしたように、キリルさんは口をつぐむ。
「いや、なんでもねぇわ。俺もあいつも、方向性の違いってやつで、解散したわけ」
「そ、そんな音楽家みたいな……」
キリルさんは笑って、カップに口をつけた。
それからはたと、目を見開く。
「クーナ。お前、また……」
「?」
「……いや、シモンの奴が何も言わねえなら、俺は口をださねえ方がいいのか」
なんの話かと聞こうとすれば、カウンター席でやりとりしていたリジーさんが、悲鳴をあげた。
「ぎゃー!?!? それで!? それでタコはどうなったのよ!?!?」
「バーカ、ここの問題教えてくれねぇなら、はなさねぇよ」
「教えなさいよあほんだらーーー!!!!!」
こんな感じで、今日も喫茶店は賑やかなのだった。
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