第四章 銀狼王の伝説

アルーダ国からの旅人


 お客さんもまばらな、ある日の昼下がり。

 ポカポカと気持ちの良い陽光の下、ルルたち精霊は寄り添いあってお昼寝をしていた。わたしはやることもなかったので、モフモフたちをブラッシングしたり、バスケットの中へ移動させたりしていた。


「ふう、腹減ったなぁ」


 そんな中、喫茶店にお客さんがやってきた。

 長旅をしてきたのか、すっかり疲弊した様子。

 わたしは旅人さんに挨拶して、空いている席に案内した。


「ああ、腹一杯食べて、酒でも飲みたいなぁ」


 あれ、どうしよう。


「あの、もしもガッツリ食べてお酒も飲みたいなら、もしかしたらギルドの隣にある食堂へいった方がいいかも、です」


 気の良さそうな旅人さんは、苦笑して手を振った。


「ああ、すまないすまない。違うんだ、今俺は禁酒中でね。ヤンの店に行ったら、昼間っから絶対飲んじまうからなぁ」


 ああ、なるほど。


「ここなら、酒はないだろ?」


 わたしは笑って頷いた。

 気さくな旅人さんは、わたしを見て目を丸くする。


「おや。もしかして嬢ちゃんが、今噂になってる、獣人族の女の子なのかな」


「え?」


「隣街まで噂が来てるよ。銀狼王の盾の喫茶店に、可愛い女の子がいるって」


 ポッとほっぺがあかくなる。

 街を歩くだけでも珍しがられるけど、まさかそんなところまで話が回っているなんて知らなかった。

 そんなに獣人って、珍しのかなぁ。


「じゃ、今日のランチをいただこうかな」


「はい。少々お待ちくださいませ」


 注文を聞くと、ダンに伝えに行く。

 本日のランチメニューは、コーンクリームスープに、ドライアドの木の実を練り込んだパン、ポークルと呼ばれる迷宮豚のベーコンとポテトを胡椒で味付けしたベーコンポテトだ。摘みたての迷宮ベリーのフレッシュジュースもある。


「この時期のポークルは、すごくおいしい」


 お皿に盛り付けながら、ダンが言った。


「季節によって迷宮のモンスターは味が変わるんですか?」


「ああ。ある一定の時期に多く繁殖する種があって、その頃に食うと脂が乗っていてすごく美味しい」


 へえ〜、と話をきいて、盛りつけの終わったお皿を旅人さんのところへ運ぶ。

 するとルーリーが旅人さんと知り合いだったらしく、仲良さげに話をしていた。

 わたしは二人の邪魔をしないように、お皿を運んだ。


 ◆


「ああ、うまかった。生き返ったよ」


 食後。

 すっかりお皿をきれいにした旅人さんと、ルーリー、そしてわたしの三人で、喫茶店の中で話をした。

 まあ、やることもなかったしね。


「それになんだろうなあ、体が軽くなった気がする。さっきまであんなにヘロヘロだったのに」


「ふふ。クーちゃんの入れてくれた飲み物、不思議な力があるのよねぇ」


「そうかぁ。嬢ちゃん、ありがとな」


「い、いいえ、わたしはなにも」


 ブンブンと首を振る。


「それにしてもすごくお疲れみたいでしたけど、遠くまで行ってたの?」


 ルーリーが首を傾げた。


「ああ、ちょっと長旅でな。アルーダ国からの帰りさ」


「!」


「あら、とおいところまで行ってたんですねぇ」


 思わぬところでアルーダ国の名が出てきて、わたしは思わずビクッと震えた。

 冷や汗をかくわたしを他所に、ルーリーたちは会話を続ける。

 どうも、旅人さんはグランタニアの出身で、用事があってアルーダまで行っていただけのようだった。

 そのことに少しほっとしてしまう。


「それがな、どうも国内にモンスターが増えているようなんだよ」


「え?」


 ギョッとする。


「アルーダ国にはダンジョンがないから、比較的安全な国だって聞いていたけど……」


 ルーリーの言葉に、旅人さんは首をふった。


「いんや。前まではそうだったんだが……どうも国内に現れるモンスターたちに手を焼いているみたいだ。俺も荷物をやられそうになっちまって、焦ったよ。アルーダ国にはギルドなんてないからな」


 久しぶりにアルーダ国の内情を聞いた気がする。

 旅人さんは顔をしかめて言った。


「しかもただのモンスターじゃない。どうも、魔獣化してるんだよ」


「ええっ! 大変じゃないの!」


 ルーリーがギョッとした声をあげた。


「それが本当だったら、また大陸が……」


「まあまあ、そんな不安になるなよ。嬢ちゃんが真っ青じゃないか」


 旅人さんがわたしを気遣って、ルーリーを止めた。

 わたしは血の気の引いた顔で、ぎこちなく笑った。


「どうしたのクーちゃん、顔が真っ青じゃない!」


 ルーリーはわたしの様子に気付いて、慌てて椅子に座るようにわたしの手を引いた。


「ご、ごめんさい、びっくりしちゃって……」


「そうだよな、こんなこと言ったらびっくりするよなぁ。いやいや、すまんかった」


「いえ、本当の話のようですし……」


 ルーリーがお水を持ってきてくれた。

 どうやら貧血か何かを起こしてしまったらしい。

 心臓がバクバクして、落ち着かない。

 お水を飲むと、少しだけホッとした。


「ま、そんなに深く考えなくても大丈夫だ。アルーダ国は何年かに一度、モンスターが増える時期があるからな。今回もそうだっただけかもしれん。それにアルーダ国との取引はそんなに重要なものがないから、不況の煽りも受けないだろうし」


「そうね……まあ、グランタニアはギルドもあるし、そういう事象の対処にも慣れているから、大丈夫よ」


「どうやら『聖女』が見つかったという噂もある。それが本当なら、聖女さまがあっという間に瘴気を払ってくれるだろうさ」


 二人はそういって、わたしを気遣わしそうに見た。

 わたしはぎこちなく微笑んで、うなずく。

 けれど頭の中ではぐるぐると疑問が回っていた。


 一体、どういうことなんだろう。

 アルーダ国には、本物の聖女さまがいるはず。

 聖女さまが瘴気を払ってくれているのではないの?

 余計にひどくなっているって……そんなこと、ある?


 学園でわたしを追い出した、聖女さまの顔、そして元婚約者や妹たちの顔が蘇る。

 彼らは一体、どうしているのだろう……?


 ボーッとしていると、旅人さんが立ち上がった。


「そろそろ行こうかな。ルーリー、その子は少し休ませてやった方がいいよ」


「そうね、クーちゃん、お部屋に戻りましょう」


「あ、大丈夫です」


 わたしはっとして、首をぶんぶんふる。

 立ち上がると、お会計の準備をした。


「大丈夫かい?」


「はい。ちょっとボーッとしちゃって……」


 シャキシャキ動き出したわたしを見て、二人ともほっとしたようだった。


「いや、本当に美味しかったよ。体がずいぶん楽になった。街で宿をとってるんだが、毎日ここで食事したいくらいだ」


 ダンとルーリーの料理を褒めてもらえて、嬉しくなった。

 沈み込んでいた気持ちが、少しずつ浮上してくる。


「ありがとうございます」


「あんまり食べ過ぎちゃだめよ。お酒とタバコもほどほどにね」


「ああ」


 旅人さんはお礼を言うと、わたしを見ていった。


「アルーダ帰りだから余計そう感じるのかもしれんが、嬢ちゃんも気をつけるんだぞ。最近は何かと物騒だ。特に獣人の女の子は、被害にあいやすい。この街でも、油断するんじゃないぞ」


 そう言われて、ブルリと身震いする。

 旅人さんはニコッと笑って、言った。


「美味しかったよ! また今度な」


 お会計をして、わたしはペコっと頭を下げた。


「……ありがとうございました。幸多き旅であらんことを」


 気になることはいっぱいある。


 だけどここは、グランタニアだ。

 

 ……もう、わたしはあの人たちには関係ないんだもの。


 だから大丈夫。


 わたしは自分に言い聞かせて、お店に戻った。






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